2022年2月1日 [施川ユウキ映画コラム]

施川ユウキ映画コラム「全ての映画は、ながしかく」
第15回 ヴァイオレット・エヴァーガーデン

第15回「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」

テレビをつけたら金曜ロードショーで、『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』を放映していた。テレビシリーズの特別編集版らしい。番組はすでに終盤で、神回と呼ばれるテレビシリーズ第10話のクライマックスだった。以前観た時ボロ泣きしたシーンが、唐突に画面に映し出される。するとパブロフの犬のように涙が出てきた。「ワンシーン観ただけで泣けるだと?」と自分でもびっくりして、放送終了後ネットフリックスで10話のラストをもう一回観てみた。やはり同じように涙がこぼれる。何度観ても、泣けてしまう。おかしい。確かに若い頃と比べ涙もろくなっているが、同じ場面を見るとスイッチを押したように涙が出るのは異常だ。
『ヴァイオレット~』は泣けると評判なので、YouTubeには10話を見て泣くリアクション動画が山ほどある。動画には作品本編の映像は載せられないため、鑑賞しているユーチューバーの顔だけが映し出される。自分と同じくらい泣いてるのか気になって、幾つか見て回った。本編映像はないが、音声はかすかにマイクが拾っていて、どのシーンを見ているかが辛うじてわかる。物語のクライマックス、ユーチューバー達は皆一様に泣き、僕も一緒に泣いた。映像を見る必要すらなく泣けてしまうのだ。外国人の動画も多い。より泣ける気がする。言語の壁を超えたことで更なる感動があるのかもしれない。たまに泣いていないユーチューバーもいる。その場合のみ自分も泣けない。スッと素に戻る。面白い。物語のキャラクターに感情移入しているのではなく、キャラクターに感情移入するユーチューバーに感情移入して泣くのだ。一人、まったく表情を変えずにモニターを凝視する強面ユーチューバーがいた。「あー、これは僕も泣けないな」と思っていたら表情を変えないまま彼の目から涙がツーっと垂れて、その瞬間僕も泣いた。自分が何に感動しているのか、最早わからない。感動ではなく、ただの条件反射だ。ずっと条件反射で泣いている。しかし、どこまでが感動でどこからが条件反射なのだろう。判別できない。初見のみが感動で、二度目以降が条件反射というわけでもないはずだ。気付いたらティッシュの山ができていた。泣くのは気持ちがいい。同時に恐怖も覚える。数十分の動画で、感情が暴力的にコントロールされてしまうのだ。
ひと通り泣いた後、ツイッターで「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」「初めて見た」等で検索した。金ローでの放映によって感動が広がっていることを確認し、よしよしと満足感を得るためだ。感動は、きっと人間だけが持つ欲望のひとつだ。それは良きものとして周りの人間にも広げたくなるし、広がって欲しいと願う。際限なく。抗うことは難しい。『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』、すごい作品です。未見の人は、是非観てください。こんな風に。

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