2021年9月1日 [施川ユウキ映画コラム]

施川ユウキ映画コラム「全ての映画は、ながしかく」
第10回 得体の知れない金持ち

第10回「得体の知れない金持ち」

「この要素が含まれている映画は、どんな駄作でも嫌いになれない」みたいなものが、誰にでもひとつはあると思う。猫とか鮫とか爆発とかカーチェイスとか裸とか女スパイとか太ったオタクとか狂った博士とか変わった拷問とかトム・クルーズとか。いずれも一部映画ファンから好かれがちな要素だ。これらに類する、自分にとっての好きな要素を最近発見した。「得体の知れない金持ち」だ。我々一般人の延長線上にいるような現実的な金持ちじゃない。映画に登場する、実体を捉えきれない概念的な金持ち。得体の知れなさに想像力がかき立てられる。金を持っているほど良いというわけではなく、重要なのは彼らが世界観をまとっているかどうかだ。人間性は善でも悪でも構わない。あしながおじさんもデスゲームの主催者も、等しく魅力的な得体の知れない金持ちだと言える。
具体的な作品名を挙げると、例えば『華麗なるギャツビー』。ディカプリオが得体の知れない金持ちを演じている。城で開かれる豪華絢爛なパーティーで、ド派手な花火をバックに現れる謎の富豪ギャツビー、ワクワクが止まらない最高の登場シーンだ。正体が明らかになった以降の展開も無常感あって素晴らしいが、個人的には虚像が暴かれないタイプの作品が好みだったりする。
韓国映画『バーニング 劇場版』にも得体の知れない金持ちベンが出てくる。暇つぶしにビニールハウスに放火していることをサラッと告白するベン。主人公ジョンスは得体の知れない彼をギャツビーに例える。物語中盤でジョンスの幼馴染ヘミが行方不明になり、ジョンスはベンが殺人者なのではと疑う。ベンは最後まで得体が知れず、映画は衝撃的なラストを迎える。彼の得体の知れなさは、庶民であるジョンスと金持ちの間にある越えられない壁を表しているようだ。
『アンダー・ザ・シルバーレイク』も、ある意味得体の知れない金持ちに関する映画だ。さえない青年が、一部の権力者や金持ちしか知らない世界の秘密がある、という陰謀論に取り憑かれていく。現実なのか妄想なのか始終謎に満ちていて、得体の知れない金持ち=オカルトだと突きつけられるような気持ちになる。
得体の知れない金持ち映画で最も好きな作品は『コズモポリス』だ。主人公は巨万の富を動かす若き投資家。リムジンに乗った彼は、渋滞の中2マイル先の床屋へと向かう。途中、部下とか嫁とか愛人とか医者とか、何人かの登場人物と一対一の対話を繰り広げる。会話の内容は観念的でよくわからない。派手なシーンはなく、ただ静かにリムジンが進んでいく。地味ながらずっと観ていられる。僕にとって「得体の知れない金持ち」は観念的な存在だ。全てが観念的な本作は、「こんな映画を待っていた!」と快哉を叫びたくなる一作だ。クローネンバーグ監督作の中で、最も繰り返し観ているタイトルなのだけど、退屈とか難解とか言われがちであまり人気はない。
とりあえず今思いついた4作を取り上げたが、得体の知れない金持ち映画は数多あるので、より魅力的な作品を忘れているかも知れない。
ちなみに、好きな要素とは逆に「これが含まれている映画はどんな名作でも好きになれない」みたいな要素もあったりする。邦画でたまに目にする「美化された土下座」がそれだ。強要される場合は問題ないが、頼みごとをする時の自発的な土下座が苦手だ。土下座で言うことをきかせようとするのは、気持ち悪いタイプの暴力に思える。暴力性に無自覚なまま、誠意を表す行為として美談的に描かれる土下座シーンは、どうにも見ていられない。

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