2021年8月1日 [施川ユウキ映画コラム]

施川ユウキ映画コラム「全ての映画は、ながしかく」
第9回 恋の話に似ている。

第9回「恋の話に似ている。」

2016年2月、僕は自分のツイッターアカウントで以下のつぶやきを投稿した。
映画に限らず「冷静に考えたら糞だよね」的感想は作品の一面しか言い表してない。誰かを一瞬でも冷静でなくさせた時点で作品は時代を超えて残る可能性を手に入れている。人は作品について語るより、冷静でなかった自分について語りたいものだし、十数年後も語られる作品は、そういう作品だったりする。
140文字ぴったり。映画『X-ミッション』の感想と合わせてツイートしている。
その頃僕は高円寺に住んでいて、原稿が上がると新宿へ映画を観に出掛け、サウナで一泊し朝イチでもう一本映画を観て帰るという、最高の休日の過ごし方をしていた。宿泊はリラクゼーションルームのリクライニングシートか、大部屋で雑魚寝をするシステムだった。その日は薄暗い大部屋で、おっさん達の病的なイビキに囲まれながら、くだんのツイートをしていた。
『X-ミッション』とは、エクストリームスポーツを駆使する犯罪組織に元アスリートの新米FBI捜査官が潜入捜査するアクション映画だ。犯罪組織といっても、彼等は犯罪よりも大自然が舞台のエクストリームスポーツに異常な執着を見せていて、脳筋カルト集団と呼ぶ方が実態に近い。スカイダイビング、サーフィン、スノボ、ウイングスーツでの滑空、ロッククライミング、危険極まりないプレイをCG不使用で見せるド迫力映像がこの映画の売りだった。作品としての評価は正直高くない。脚本にアラが多いせいだろう。ネタ映画としても凡作扱いされがちで、公開から5年経った現在は話題にのぼることも少ない。
公開当時、僕はこの映画を生涯ベスト級だと絶賛し熱狂していた。命がけのエクストリームスポーツというアクティブな主題に対して、あまりにも雑なシナリオ、薄っぺらいセリフ回し。そこが逆に良かった。「言葉や理屈なんてどうでもいい、エクストリームスポーツも映画制作も、ただやりたいからやるんだよ!」という強烈なメッセージを作り手から勝手に受け取り、熱くなっていた。何をするにもあれこれ理屈を考えすぎな自分にとって、『X-ミッション』が放つ考えのなさは、とてつもなく煌めいて見えた。同時に、熱狂が一時的なものだとも自覚していた。冷静になればそんな大層な映画ではないとわかっていたし、だからこそ冒頭のツイートを投げたのだ。
2021年、自分は今『X-ミッション』をどう思っているのか。確認のためスマホのネトフリアプリから本作を1.5倍速再生で観直してみた。途中から1.0倍速に正す。やはりエクストリームな場面は魅了される。終盤へ差し掛かる頃には大画面で見るべきだったと後悔していた。良い映画かどうかわからないが、かなり好きな映画だ。ただ生涯ベスト級は言いすぎだと思う。
過去、瞬間最大風速的に好きだった映画を改めて観直す。昔の恋に向き合うような気恥ずかしさを感じる。この言い回しがすでに相当気恥ずかしい。作品解釈に一方的な理想を押し付け、ダメな部分を「そこが逆に良い」と思い込んでいたかつての自分、どこかで錯覚だとわかっていながら。恋そのものじゃないか。きっと永遠に錯覚し続けられる作品が、名作と呼ばれるのだろう。それは必ずしも非の打ち所がない映画とは限らない。
新宿のサウナ、おっさん達のイビキ、マッチョ映画、それを語るおっさん。どういうわけか、恋の話にも似ている。

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