2021年5月1日 [施川ユウキ映画コラム]

施川ユウキ映画コラム「全ての映画は、ながしかく」
第6回 亀有での映画生活

第6回「亀有での映画生活」

2001年の2月、23歳の時初単行本の印税で上京してきた。亀有の木造アパート1階、ワンルームで家賃は4万2千円、不動産業者に勧められた1件目の物件を、わけもわからず契約していた。内見すらさせてもらえなかったが、特に悪い部屋でもなく「これが東京スタイルなのか」と無理やり納得した。一番近場の映画館は松戸サンリオシアター。上京したのに千葉へ映画を観に行くのがダサい気がしてあまり行くことはなく、もっぱら近所のTSUTAYAでDVDをレンタルしていた。
2006年、シネコン完備のショッピングモール、アリオ亀有がオープンした。まさかの自宅から徒歩2分。コンビニへ行く気軽さで映画を観に行ける。人生で一番映画館へ通った時期だ。昼間から王将で一杯飲んで、銭湯とシネコンに立ち寄り、映画が終わった10分後には自宅で寝ているという、夢のような生活をしていた。モールの周りは普通の住宅街で、地に足の着いた生活者たちの街だった。いい大人が毎日ひとりで昼間からウロウロしている姿は、明らかに浮いている気がした。悪い意味でも夢の中をさまよっているようだ。夢の記憶と同じく、たくさん観たはずの映画の内容をぼんやりとしか覚えていない。そこで観た一番印象に残っている作品は『ミスト』だ。衝撃のあまり、帰宅して即ブログに感想を書いた。その記事をきっかけに、この連載は始まっている。
名探偵コナンの劇場版を観に行くようになったのもこの頃からだ。いつのまにか毎年観るようになった。最初に観たのは何作目だったか、多分『名探偵コナン 探偵たちの鎮魂歌(レクイエム)』辺りだろう。観る時は、子供たち及び保護者から不審がられないよう後方端っこの席と決めている。その年コナンデビューする子供もいれば、コナンを卒業する子供もいるだろう。子供は成長していく。僕はまるで変わらない。コナンと同じ、時間の止まった世界にいる。
なぜか『セックス・アンド・ザ・シティ』にハマった時期があり、それをキッカケに量産型のラブコメ映画を大量に観た。『幸せになるための27のドレス』とか『あなたは私の婿になる』とか『男と女の不都合な真実』とか『そんな彼なら捨てちゃえば?』とか、内容を覚えていなくても納得のタイトルばかり。自分自身からなるべく遠くにある世界を見たかったのかもしれない。ちなみに 『セックス・アンド・ザ・シティ』 劇場版1作目は、ヒロインのひとりが生水にあたって脱糞したり、五十路の女体盛りシーンがあったり、なかなか攻めた内容でそこだけは鮮烈に記憶している。若い女性客の多い中、不審がられないよう後方端っこの席を取る。コナンよりもずっとアウェイ感は強い。たまに、いかにもシネフィル的な翁がひとりで来ていて、席は離れていてもそういう時は心強かった。老人に自分の未来を幻視していたのかもしれない。
日に何本も観る場合、合間に家に帰ることもできた。あるいはフードコートで腹ごしらえだ。よく食べていたのは丸亀製麺の釜玉うどん。休日は家族連れ、平日は制服姿の高校生グループが多く、ここでもアウェイ感は変わらなかった。
2011年3月、東日本大震災の影響でシネコンは少しの間休業した。僕は、地震にまつわるニュースを聞き漏らさないよう外出時は常にイヤホンでラジオを聴いていて、劇場が再開してからもそれは続いていた。座席で映画が始まる直前までラジオを聴き、上映終了と同時にラジオの電源を入れイヤホンを耳に突っ込む。その時どんな作品を観ていたのかは、やはり覚えていない。むしろ「そこで観られなかった作品」についてよく覚えている。クリント・イーストウッド監督の『ヒアアフター』だ。自分はたまたま試写でだいぶ前に観ていたのだけど、冒頭にスマトラ沖地震による津波シーンがある。凄まじい迫力だった。もう一度観なければと思っていたが、上映中止になっていた。震災をきっかけに色々状況が変わり、その年の暮れ、僕は10年住んだ亀有を離れた。
今は更に10年が経っている。当時住んでいたアパートは取り壊され、現在は駐車場だ。

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