施川ユウキ映画コラムー全ての映画は、ながしかく

2021年7月1日 [施川ユウキ映画コラム]

施川ユウキ映画コラム「全ての映画は、ながしかく」
第8回 前夜

第8回「前夜」

僕がまだ10代の時、新世紀エヴァンゲリオンが社会現象になった。旧劇場版の衝撃的ラストは、多感な時期にあった自分の深くやわらかいところに突き刺さり、以降僕はいわゆるエヴァの呪いを抱えながら二十数年間を生きていくことになる。我々の世代ではよくある話だ。
昔話は置いといて、『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』の話だ。エヴァ新劇場版は公開延期を繰り返しがちなシリーズで、完結作シン・エヴァは、最初に発表された予定からなんだかんだで13年近く遅れている。前作は、9年前に公開された『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』。不可解かつ悪夢のような内容で、続きがまったく想像できない終わり方をしていた。次作で物語を閉じることは到底不可能に思えた。はっきり言って人知を超えている。エヴァの完結を思うのは、ほとんど死後の世界を想像する行為に近い。宇宙の果てに想いを馳せる行為に近い。それは祈りにも似た感情を伴い、宗教を持たない自分にとって「信仰とはこういう感じなのか」などと考えさせられたりもした。
『ゴドーを待ちながら』という戯曲作品がある。タイトル通りゴドーと呼ばれる人物を待ち続ける話なのだが、最後までゴドーは現れない。ゴドーはgod(神)を意味している説もあるが、作中では明言されない。エヴァ完結を待ち続けているうちに、いつの間にかシン・エヴァは僕の中でゴドーになっていた。永遠に現れない神のごとき存在で、待つことは生活の一部だ。もちろん毎日エヴァについて考えているわけではない。エヴァなんてくだらない、昔の流行りものだ、そう思っていた時期もあった。もっと言えば、忘れていた時間の方がずっと長い。だが普段意識していないだけで、「エヴァは完結するが今日ではない」という日が永久に繰り返される世界を自分は生きてきたのだ。
シン・エヴァ公開が現実味を帯びていき、そんな世界観は揺さぶられた。2021年2月26日夜、緊急事態宣言を受けて再延期となっていたシン・エヴァの公開日が3月8日だと発表される。10日後だという。突然すぎて現実感がわかない。月曜の平日だ。その日、目の前に神が現れ、僕は死後の世界へ行き、宇宙の果てを見る。いきなりそんなこと言われても受け止めきれない。ふわふわした気持ちのまま数日を過ごし、初日のチケットをなんとか予約した。
前日の夜になり、ベッドの中で急に心臓がバクバクしてきた。朝早く起きないといけないのに眠れない。深夜0時。今この瞬間エヴァ公式が冒頭12分を無料公開しているはず。反応を見たくないからSNSのチェックはしない。暗闇でただじっとする。明日の今頃はエヴァの完結を目撃した自分になっている。以前の世界観は失われ、新たな世界観の中で生きている。まったく別の身体、別の心を持った自分に変化している。新しい僕が、同じベッドで横になるのだ。そして二度と元には戻らない。信じがたいが現実だ。期待より不安の方が大きかった。映画の内容は関係ない。僕は、いや世界はエヴァ完結という無限の可能性を喪失するのだ。さようなら、すべてのエヴァンゲリオン。夜がいつもより濃く感じた。「前夜」の二文字が、頭の中で強調される。前夜だ。今、自分は前夜にいる。ぎゅっと目を閉じ体を丸める。明日という衝撃に備えるように。
翌日、僕はエヴァの完結を見た。驚くべきことに本当に完結していたのだ。

2021年6月1日 [施川ユウキ映画コラム]

施川ユウキ映画コラム「全ての映画は、ながしかく」
第7回 ブレードランナー

第7回「ブレードランナー」

レンタルビデオだったか、テレビ放映だったか、『ブレードランナー』を初めて観たのは中学生の時だ。映画通がこぞって絶賛する名作なのに、僕は途中で寝てしまった。起きた時は、死にゆくロイが主人公デッカードに語りかける場面、つまりクライマックスだった。「 おまえたち人間には信じられないようなものを私は見てきた。オリオン座近くで燃え上がる宇宙戦艦。タンホイザーゲートのそばで暗闇に瞬くCビーム。そんな思い出も時間と共にやがて消える、雨の中の涙のように。死ぬ時が来た」いわゆるCビームスピーチだ。戦闘用レプリカントとして生み出されたロイが語る、かつて目撃した宇宙の壮麗な詩的情景。この名ゼリフの最後部分、「そんな思い出も時間と共にやがて消える、雨の中の涙のように」は、今でも人生において印象的な風景に立ち会うたび、頭の中で反芻される。友達のいなかった専門学校時代、生徒達の溜まり場になっていた非常階段で一言も発言することなく見つめていた手元のマルボロライトメンソール。新人漫画家だった頃、二度と揃うことのないようなメンツで飲み明かし、フラフラの身体でラーメン屋を探して歩き回った明け方の新宿歌舞伎町。初めて海外旅行した時、トランジットで長時間待たされたソウル空港の休憩スペースで読んでいたパラニューク『サバイバー』の文庫本。自分しか客のいない高円寺の薄暗いサウナで見続けた、東京五輪開催を決定したIOC総会の中継映像。そんな思い出も時間と共にやがて消える、雨の中の涙のように。
思い出を成立させるために貼るインデックスのようなものだ。それぞれのシーンを思い起こすたび、記憶の中でディティールは補強されていく。想像力を駆使して、思い出の推敲が繰り返されていく。ほとんど歴史修正に近い。やがて消える思い出が、やがて消えるが故に形を整え完璧なものにしておきたい、そんな欲望があるのかもしれない。人知れずひっそりと愛でるために。人生も折り返しを過ぎると、そんな浅ましい作業が趣味のひとつとして定着してしまう。
Cビームスピーチを確認しようと『ブレードランナー』のDVDを観直した。そのバージョンのDVDでは翻訳字幕に「 Cビーム」なんて単語は出てこなかった。代わりに「オーロラ」になっている。もしかしたら最初に観た時もそうだったのかもしれない。こんな長文のセリフ、一度観ただけでは覚えられない。後から本や雑誌や、今だったらネットで確認し、正しいセリフと記憶の中の映像を合成して覚えるのだ。ちなみに検索しても正しいとされているCビームスピーチの翻訳文はわからなかった。いずれにしても「オーロラ」よりも広く流通している「Cビーム」で記憶している。その方がこんな風に公の場で言及しやすい。これも思い出の推敲だろうか。
二月の寒い日の夕暮れ、駅前ヴェローチェの奥まった席で今この文章を書いている。新メニューのホットゆずかりんを飲んでいるが、メガマシュマロが乗ったキャラメルオーレにすればよかったと少し後悔している。後悔しながらメガマシュマロの画像を検索している。メガとかいうだけあって衝撃的なデカさだ。そんな思い出も時間と共にやがて消える、雨の中の涙のように。

2021年5月1日 [施川ユウキ映画コラム]

施川ユウキ映画コラム「全ての映画は、ながしかく」
第6回 亀有での映画生活

第6回「亀有での映画生活」

2001年の2月、23歳の時初単行本の印税で上京してきた。亀有の木造アパート1階、ワンルームで家賃は4万2千円、不動産業者に勧められた1件目の物件を、わけもわからず契約していた。内見すらさせてもらえなかったが、特に悪い部屋でもなく「これが東京スタイルなのか」と無理やり納得した。一番近場の映画館は松戸サンリオシアター。上京したのに千葉へ映画を観に行くのがダサい気がしてあまり行くことはなく、もっぱら近所のTSUTAYAでDVDをレンタルしていた。
2006年、シネコン完備のショッピングモール、アリオ亀有がオープンした。まさかの自宅から徒歩2分。コンビニへ行く気軽さで映画を観に行ける。人生で一番映画館へ通った時期だ。昼間から王将で一杯飲んで、銭湯とシネコンに立ち寄り、映画が終わった10分後には自宅で寝ているという、夢のような生活をしていた。モールの周りは普通の住宅街で、地に足の着いた生活者たちの街だった。いい大人が毎日ひとりで昼間からウロウロしている姿は、明らかに浮いている気がした。悪い意味でも夢の中をさまよっているようだ。夢の記憶と同じく、たくさん観たはずの映画の内容をぼんやりとしか覚えていない。そこで観た一番印象に残っている作品は『ミスト』だ。衝撃のあまり、帰宅して即ブログに感想を書いた。その記事をきっかけに、この連載は始まっている。
名探偵コナンの劇場版を観に行くようになったのもこの頃からだ。いつのまにか毎年観るようになった。最初に観たのは何作目だったか、多分『名探偵コナン 探偵たちの鎮魂歌(レクイエム)』辺りだろう。観る時は、子供たち及び保護者から不審がられないよう後方端っこの席と決めている。その年コナンデビューする子供もいれば、コナンを卒業する子供もいるだろう。子供は成長していく。僕はまるで変わらない。コナンと同じ、時間の止まった世界にいる。
なぜか『セックス・アンド・ザ・シティ』にハマった時期があり、それをキッカケに量産型のラブコメ映画を大量に観た。『幸せになるための27のドレス』とか『あなたは私の婿になる』とか『男と女の不都合な真実』とか『そんな彼なら捨てちゃえば?』とか、内容を覚えていなくても納得のタイトルばかり。自分自身からなるべく遠くにある世界を見たかったのかもしれない。ちなみに 『セックス・アンド・ザ・シティ』 劇場版1作目は、ヒロインのひとりが生水にあたって脱糞したり、五十路の女体盛りシーンがあったり、なかなか攻めた内容でそこだけは鮮烈に記憶している。若い女性客の多い中、不審がられないよう後方端っこの席を取る。コナンよりもずっとアウェイ感は強い。たまに、いかにもシネフィル的な翁がひとりで来ていて、席は離れていてもそういう時は心強かった。老人に自分の未来を幻視していたのかもしれない。
日に何本も観る場合、合間に家に帰ることもできた。あるいはフードコートで腹ごしらえだ。よく食べていたのは丸亀製麺の釜玉うどん。休日は家族連れ、平日は制服姿の高校生グループが多く、ここでもアウェイ感は変わらなかった。
2011年3月、東日本大震災の影響でシネコンは少しの間休業した。僕は、地震にまつわるニュースを聞き漏らさないよう外出時は常にイヤホンでラジオを聴いていて、劇場が再開してからもそれは続いていた。座席で映画が始まる直前までラジオを聴き、上映終了と同時にラジオの電源を入れイヤホンを耳に突っ込む。その時どんな作品を観ていたのかは、やはり覚えていない。むしろ「そこで観られなかった作品」についてよく覚えている。クリント・イーストウッド監督の『ヒアアフター』だ。自分はたまたま試写でだいぶ前に観ていたのだけど、冒頭にスマトラ沖地震による津波シーンがある。凄まじい迫力だった。もう一度観なければと思っていたが、上映中止になっていた。震災をきっかけに色々状況が変わり、その年の暮れ、僕は10年住んだ亀有を離れた。
今は更に10年が経っている。当時住んでいたアパートは取り壊され、現在は駐車場だ。

2021年4月1日 [施川ユウキ映画コラム]

施川ユウキ映画コラム「全ての映画は、ながしかく」
第5回 キャプテンEO

第5回「キャプテンEO」

小学校の修学旅行で行ったディズニーランドの帰り、バス車内で同級生に話しかけられた。「『キャプテンEO』観れんかった奴は人生損してるよ」小学生が人生の何を知っているというのか。『キャプテンEO』は、ランド内にあったマイケル・ジャクソン主演の立体映画アトラクションだ。いかにショーが素晴らしかったのか語る彼の目の輝きは、本物だった。僕は観ていないし、マイケルについても当時はよく知らなかった。知らないがゆえに、とんでもない物を見逃してしまったような悔しさを感じ、小学校卒業後もしばらく後を引いていた。話しかけてきた同級生が誰だったのか、今はもう覚えていない。
翌年の夏、メガドライブ用ゲームソフト『マイケル・ジャクソンズ・ムーンウォーカー』を、僕は発売日に買った。『キャプテンEO』を観られなかった空白を、別媒体のマイケルで埋めようとしたのだ。白スーツ姿のマイケルが子供を助けながら敵を倒していくアクションゲームで、キャラの動作がいちいち絵になっていた。ドット絵で見せるダンスもやたらカッコいい。ポォとかアォとか言いながら一回転してドアを開け、片手で帽子を押さえジャンプする。ムーンウォークも自由自在だ。こんな惚れ惚れするような動きを見せるゲームキャラは初めてだった。最終ステージ、マイケルは宇宙船に変身して宇宙へ飛び立つ。ゲーム画面ではわかりづらいが、乗り込むのではなく、乗り物そのものになる。クリア後、エンディングで披露されるダンスが超絶技巧で、印象的だった。ゲームとしては高難易度だったが、ダンス見たさに何度もプレイした。そしてマイケルが宇宙船になるたび、「どうして?」と思った。ゲームをきっかけに、マイケルのCDを買い揃えた。ゲーム中流れていたBGMが最高の形にアレンジされ、神がかり的なボーカルが乗せられていた。超名曲ばかりだ。CDラジカセで毎日聴きまくり、テレビにマイケルが出ると必ずチェックするようになった。実写化されたマイケルは、非現実的なオーラをまとって見えた。
大人になると、熱狂はだいぶ落ち着いた。ネットを始めて最初に見たのがマイケルの公式サイトで、久しぶりにファンであることを思い出したくらいだ。サイト内では代表的なMVがいくつか公開されていた。『スムース・クリミナル』の白スーツ姿は、ドット絵のマイケルを思い起こさずにはいられない。
2009年6月、突然マイケルが亡くなった。早すぎる死は世界中にショックを与え、その年のうちに映画『マイケル・ジャクソン THIS IS IT』が公開された。ロンドン公演のリハ映像を基にしたドキュメンタリー作品だ。僕は、近所のシネコンで初日に観た。翌日もう一度観た。2~3年後、引っ越しを機にホームシアターセットを導入し、最初に観たのが『THIS IS IT』だった。次に観たのも『THIS IS IT』だ。マイケルがこの世界から失われたことを確認するように、繰り返し観ている。そして観るたび、「どうして?」と思う。マイケルの死は宇宙船に変身するくらい不条理だ。
死をきっかけに、ディズニーランドで『キャプテンEO』が復活し、修学旅行で思い残していたことが皮肉にも叶えられた。「観れんかった奴は人生損してるよ」顔も覚えていない同級生のセリフを思い出す。損得関係なく、自分の人生の一部にはマイケルがいる。僕は人生について少しだけ知っている年齢になっていた。

2021年3月1日 [施川ユウキ映画コラム]

施川ユウキ映画コラム「全ての映画は、ながしかく」
第4回 トータル・リコール

第4回「トータル・リコール」

子供の頃、近所に行きつけの小さな書店があって、無愛想な店主が常にレジ奥で本を読んでいた。他に店員はおらず、店内の様子に目を向けられることはほとんどなかった。長時間立ち読みしていても許される心地いい店だ。中一の冬のある日、僕はいつものように買わない客として来店していた。目的は、公開中だった『トータル・リコール』のノベライズ作品。フィリップ・K・ディックの原作小説ではなく、映画のシナリオを別の作家が長編化したものだ。当時の自分はディックすらまだ知らなかった。知っているのは、テレビで連日流されていた『トータル・リコール』のCМ映像だけだ。中年女性の顔がパカッと割れて、中からシュワルツェネッガーが出てくる。鮮烈なカットの虜になったが、簡単に映画館へ行ける環境に僕はいなかった。本編が観られないならせめてノベライズを読みたい。目当ての本を手に取り、ページをめくる。いまいち集中できない。立ち読みの息抜きに別の本を立ち読みしようと、入り口横の雑誌棚を物色する。目に入ったのは、未成年は読むことが許されないエロ漫画雑誌『ペンギンクラブ』だった。店に客は自分しかいない。今なら誰にもバレないだろう。入り口から人が来ないか警戒しつつ、注意深く読み始める。知り合いに見られたら一巻の終わりだ。その頃の僕は、書店で人目を盗み数ページだけエロ雑誌に目を通す行為を常習していたのだけど、今日だったら一冊分いける気がした。心臓をバクバクさせながら三分の一ほど読み進めたところで、後ろから誰かに頭を小突かれた。全身が凍りつく。振り返ると中年男性がいた。店主だった。何が起こったのかわからなかった。僕は、目の前の咎める目つきをした大人と、いつもレジ奥で読書している店主が同一人物であることを、すんなり認識できなかった。あまりにも印象が違う。ニセモノみたいな顔だった。そんなわけがないのに、被り物をした自分の父親かもしれないと、一瞬思った。小突き方がまったく同じだったからだ。「すみません」と震える声で謝罪し、そのまま家まで走って帰る。もうあの店には行けないし、今日のことは誰にも言えない。恥ずかしくてたまらなかった。
それから数日後、珍しく家族で映画を観に行った。『トータル・リコール』だ。冒頭、濃厚なベッドシーンから始まる。何らかの罰を受けている気分になった。現実が崩壊していくような不思議な物語だ。中年女性の顔が割れてシュワルツェネッガーが出てくる例の場面がスクリーンに映される。僕はあの時の店主の顔を思い出していた。隣りを見ると、父親が笑っていた。

2021年2月1日 [施川ユウキ映画コラム]

施川ユウキ映画コラム「全ての映画は、ながしかく」
第3回 耳をすませば

第3回「耳をすませば」

高三の夏休み、喫茶店でバイトをしていた。デザート&ドリンク専用の小さな厨房で、皿を洗ったりアイスピックで氷を砕いたりと、マスターの手伝いが主な仕事内容だった。バイト初日、休憩中特にすることがなくテーブルにあった新聞を読んでいると、同じく休憩中だったウェイトレスがセブンスターに火をつけながら話しかけてくれた。「タバコ吸わないの?」異性に免疫のない真面目な工業高校生の僕に、いきなり「タバコ吸わないの?」である。おそらく彼女も未成年だ。動揺を隠しつつ答える。「あっ、いえ」「何読んでるの?」「日本経済新聞です」「へーすごいね」会話は終わったが、僕は知的で寡黙な印象を与えることに成功したと思った。しかし帰り道には「日経新聞と略さなかったの、めちゃくちゃダサいのでは」と自転車を漕ぎながら後悔していた。どっちだろうが総じてダサい。初日以降、バイトを辞めるまで彼女から話しかけられることは一度もなかったし、僕から話しかけることもなかった。喫茶店の営業中、フロアにはウェイトレスの女性が常時二人いる。マスターと彼女たちが仲良く雑談している後ろで、僕は黙々と食器を洗っていた。店は市街地の地下あり、外に出ると真夏の青空と、ビルの上に当時公開中だった『耳をすませば』の看板広告が見える。キャッチコピーは「好きなひとが、できました。」中三の男女がピュアな恋愛をする、今で言うリア充映画だ。主人公たちは、よりによって三つも年下である。自分とのギャップを見せつけられツラい気持ちになりつつも、その看板から目が離せなかった。現実から目を背けてはいけないという謎の強迫観念があったのだ。アニメ映画『耳をすませば』のどこが現実なのかはよくわからない。とにかく僕の高三の夏休みの思い出は、地上へ上がった時のまばゆい青空と、更にまばゆい看板広告に集約されている。
『耳をすませば』は何度かテレビ放映された。大人になってから観ても、やはり心をざわつかせる内容だったし、そのざわつきこそが作品の魅力だった。手に入れられなかった青春の象徴だ。その後DVDを購入し、何十回と繰り返し観ている。反復しすぎた結果、心のバリが取れたというか、良くも悪くもざわつきはなくなっている。今では主人公である月島雫に全身全霊で感情移入して観ることができる。僕は女子中学生として、男子中学生である天沢聖司に恋をするのだ。そして天沢が雫にプロポーズするラストで、私(月島雫)は思う。今がこの恋のピークなのだと。彼がイタリアで修行しているあいだに、少しづつ気持ちは落ち着いてしまうだろう。この瞬間を超えるときめきは訪れない。初恋とはそういうものだ。遠距離で今の関係を維持し続けるには、お互いの粘り強い努力がいる。そんな自信、私(月島雫)にはない。……切ない映画である。ある意味僕は、女子中学生として恋も葛藤も経験してしまった。飽きるほどに。でもそれは本物ではない。だからまた再生ボタンを押すのだろう。何が言いたいのかというと、僕の暗い青春時代の話はもはやどうでもいいということだ。

2021年1月1日 [施川ユウキ映画コラム]

施川ユウキ映画コラム「全ての映画は、ながしかく」
第1回 酔拳2

第1回「酔拳2」

コロナの影響で公開される映画が減っている中、この連載も大きく内容を変えることにした。とりあえず今回は、新作紹介をやめて映画にまつわる思い出話をエッセイ的に書いていこうと思う。映画の話ではなく、主に僕自身の話だ。
高校二年の大晦日、同級生の友人二人と一緒に映画『酔拳2』を観に行った。教室では仲良かったけど、学校外で三人が会うのは初めてだったかもしれない。時間をちゃんと調べてなかったせいで、最終上映の回には間に合わなかった。僕らは映画を諦め、ゲーセンをハシゴしたり街をぶらついたりして夜を過ごした。ダラダラ遊んでるうちに、気がつくと最終バスが終わっている。不思議と誰も帰ろうと言わない。なんとなく駅へ向かい、そのままコンコースのベンチで夜を明かす流れになった。そんな風に外泊を決めるなんて初めてだったし、駅に泊まるのも初めてだった。ドキドキしていた。コンコースには僕ら以外誰もいない。缶コーヒーで暖まりながら、キン肉マンの技がどうとかどうでもいい話で盛り上がる。いつものくだらない会話が、なぜだか重要なやり取りのように思えた。「海岸で発見された赤ん坊の死体が消えてなくなってしまった」という、朝に見た地元ニュースの話題から、消えた死体を探しに海岸へ行く流れになった。本当は初日の出を見に海へ行くだけなのだが、そんなベタな行動が恥ずかしくて、言い訳として死体のニュースを利用したのだ。駅を出たのは午前四時ごろだった。スタンドバイミーを口ずさみながら、真っ暗な道を延々と歩く。遠くに除夜の鐘が聞こえた。死体のことはすぐに忘れていた。海が近づき、まばらに人が増えてくる。目的地の中田島海岸は、鳥取砂丘に次ぐ広さの砂浜を持っている。砂丘を登ると、黒い水平線が目に入る。風が強く冷たい。僕らはご来光を待った。やがて現れた朝日は、眩しく美しかった。僕は、漫画なんてロクに描いたこともないのに、将来漫画家になるとひそかに決意した。二人には言わなかった。漫画なんてロクに描いたこともないからだ。海岸から戻る途中、振り返ると砂丘の稜線に無数の黒い人影が並んでいるのが見えた。自分たちと同じく海岸から戻る人の群れだ。ゴオゴオ鳴る風の中、何百もの人影がゆっくりと同じ方向に進んでいく。文明を失った人類が砂漠をさまよっているようだった。それからバスで駅に戻り、マクドナルドで時間をつぶした。言葉にこそ出さないが、特別な夜だったことを確認し合うような眼を、お互いがしていた。そんな気がした。映画館が開く時刻になり、僕らは最前列で『酔拳2』を観た。
それは、ジャッキー・チェンの最高傑作だった。

2021年1月1日 [施川ユウキ映画コラム]

施川ユウキ映画コラム「全ての映画は、ながしかく」
第2回 ランボー

第2回「ランボー」

小学二年生の時、同級生のS君の家にビデオデッキがあると聞いて、放課後友人たち数人と遊びに行った。当時家庭用ビデオデッキはまだ珍しい。通されたのはS君の父親の部屋だった。共働きで両親は不在。事務机の上に10インチくらいの小さなブラウン管テレビとβのビデオデッキがあった。中にはすでにテープが入っている。『ランボー』だ。S君が再生ボタンを押すと映画が始まり、さみしげに田舎町を歩くスタローンが画面に映った。一同大興奮。家で自由に映画が観られるなんて。こんなこともできるんだぜ。S君が、一時停止や早送りや巻き戻しをして得意げな顔をする。そして停止ボタンを押すと、じゃ外に行ってサッカーしようぜ、とすみやかに上映会を終了させた。一本丸々観られると思っていた僕はショックを隠せなかったが、周りはビデオの機能をひと通り見られて満足した様子だった。十一月の寒い日に、わざわざ外で遊びたくない。S君に、僕だけ続きを観ていてもいいかと訊くと、あっさりOKしてもらえて、自分ひとり部屋に残ることになった。S君の父親の部屋は二階にあり、そこは四畳程度の薄暗い物置のような場所だった。誰もいなくなると急に心細くなった。映画の続きを再生する。窓の外から聞こえてくる、ボールを蹴る音や友人たちの遊ぶ声。知らない部屋で、僕だけみんなと違う非常識な行動をとっている。モヤモヤとした後ろめたい気持ちだ。なんだか居心地が悪く、早めに切り上げてみんなと合流しようと思った。ブラウン管の中では、ランボーが橋の上を歩きながら白い息を吐いている。彼の頭上の空はどんよりとしていて、部屋の窓から見える景色と同じ色をしていた。ランボーはひとりぼっちだった。何もしていないのに保安官に捕まり、裸にされ、消火ホースからの放水で乱暴に体を洗われていた。それから剃刀で無理やり髭を剃られそうになり、戦争で拷問を受けた記憶がフラッシュバックする。ショッキングな映像だ。僕は特殊メイクを知らず、本当にナイフで胸を切りつけられていると思った。バイクを奪って山に逃げるランボー。いつのまにか夢中になって観ていた。ランボーは筋肉ムキムキで最強戦士なのに、ずっとかわいそうに見えた。彼の悲しみは僕だけが知っている。僕だけが理解できる。だから心に刻み込まなくてはいけない。それは僕にしかできなくて、そうしないと彼はもっとかわいそうになってしまう。使命感のような感情。外でみんなと遊ぶよりも大事なことをしていると思えた気がつくと窓の外が暗い。やがてS君たちが戻ってきた。感想は誰にも言わない。帰り道、田舎町を歩くランボーのさみしげな姿と自分を重ねていた。吐く息が白かった。その日僕は、生まれて初めてひとりで映画と向き合った。

2011年12月19日 [まんがライフオリジナル, 施川ユウキ映画コラム]

施川ユウキ先生 「12月生まれの少年」第?巻、    大好評発売中!!

施川ユウキ先生の最新単行本「12月生まれの少年」第?巻、
ただいま大好評発売中です!! 
(偶然にも、タイトルにもある12月に発売することができました) 

第1巻・第2巻と合わせて読めば、施川先生の4コマの奥深さを
改めて実感できてしまいます。

そして、COMIC ZINさんでお買い上げの方には、
特典として描き下ろしイラストカードをもれなくプレゼント。

数に限りがありますので、お早めにお買い求めくださ?い!!

2009年4月24日 [まんがライフオリジナル, 施川ユウキ映画コラム]

施川ユウキ先生映画コラム「全ての映画は、ながしかく」バックナンバー公開スタートします!

まんがライフオリジナルで連載中の施川ユウキ先生映画コラム「全ての映画は、ながしかく」を毎週木曜日に第1回から掲載開始します!
メジャーな映画からマニアックな映画を、思わず噴出す1コマコメントと施川ユウキ先生の独特な世界観で綴るコラムは必読です!!どうぞお楽しみに!

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