2009年8月20日 [施川ユウキ映画コラム]

施川ユウキ映画コラム「全ての映画は、ながしかく」第17回チェンジリング

第17回「チェンジリング」

 1928年。シングル・マザーであるクリスティンの9歳になる一人息子が、突然行方不明になった。それから5ヵ月後「息子が見つかった」との知らせを受け、ロス市警に引き合わされる事となるが、そこには見知らぬ少年が待っていた。

 今まで全く知られる事の無かった実話を基にした映画だそうだが、「なんでこんな話が埋もれてたんだ?」と不思議になる位衝撃的な話だった。鑑賞後、現実の重さをずっしりと受け止めさせられる厳しい作品だ。
 クリスティンは本当の息子を捜すよう警察に嘆願するも、捜査ミスを認めたくない警察は訴えを突っぱね、母親を精神病院に押し込めてしまう。この一連の展開が、一級のスリラーを見るようで震え上がる程恐ろしい。「息子はどこに行ったのか?」「代わりに押し付けられた見知らぬ少年は何者なのか?」謎や不合理、収容先で受ける医者からの理不尽な暴力。何がなんだかわからないまま、押し寄せる現実に打ちのめされる。そんな不条理極まりない状況が、監督の重厚な演出によって臨場感たっぷりに描かれていく。個人の悪意より、彼女を取り巻く社会そのものが持つ得体の知れない恐ろしさを、これでもかと見せ付けられた。
 映画の前半部分では、彼女は一方的に振り回されていくのだが、警察の腐敗を訴える活動をしていたブリーグレブ牧師の協力を得てから、事態は大きく変わっていく。彼らと共に、行方不明事件の再捜査実現と、精神病棟における非人間的扱いの改善に尽力し、それは結果、社会を大きく変えるきっかけにまでなる。
 この映画は、何を相手にどう戦ったら良いのか分からない前半部分はスリラーで、戦い方を知ってからは熱い社会派ドラマとなる。クリスティン自身は一貫して「息子を思う一人の母親」でいるだけなのだが、それを受けて、味方が現れ、周りが変わり、市民が変わり、世の中が変わる。映画の見え方まで変わってしまう。
 社会を描いた映画としてはハッピーエンドだったのかもしれないが、これは飽くまで一人の母親を描いた映画だ。小さな希望はあるものの、やりきれない気持ちにさせられた。
 ただ、アンジェリーナ・ジョリー演じる母親の姿は思いのほか静かで、決して絶望する事も無く、最後まで頼もしく感じた。

監督●クリント・イーストウッド 脚本●J・マイケル・ストラジンスキー
出演●アンジェリーナ・ジョリー、ガトリン・グリフィス、ジョン・マルコヴィッチ、コルム・フィオールほか
上映時間●2時間22分 配給●東宝東和
【イントロダクション】
ロサンゼルス郊外で暮らすシングル・マザーのクリスティン。9歳の息子ウォルターに愛情を注ぐ彼女は、電話会社に勤めて生計を支えながら、父親と母親の2役をこなす忙しくも充実した日々を送っていた。だが、彼女の幸福な日々は唐突に終わりを告げる。クリスティンの勤務中に家で留守番をしていた息子が失踪。幾晩も眠れない夜を過ごした後、イリノイ州で見つかった「息子」は、顔立ちが良く似た別人の少年だった。

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