2009年8月13日 [施川ユウキ映画コラム]

施川ユウキ映画コラム「全ての映画は、ながしかく」第16回ベンジャミン・バトン 数奇な人生

第16回「ベンジャミン・バトン 数奇な人生」

 「死」を思う映画だった。
 ベンジャミン・バトンの生涯は、死から死へと向かう孤独で静かなる旅だ。80歳の姿で生まれ、死を自然に受け入れる老人達の中で育った彼は、人の死に対して受容的な感覚を持っている。同時に「永遠は無い」という事を誰よりも心得ていて、人生に対しある種の虚しさを感じている。
 生まれると同時に母親が亡くなる所から、彼の生い立ちは始まる。拾われた先の老人ホームで周りの老人達が死に、彼の世界を広げたマイク船長が目の前で戦死し、仲間達も死に、彼を捨てた実の父親トーマスが病死し、育ててくれた母親代わりのクイニーが死に、数々の死と対面する。そして映画は、最愛の恋人で語り部役のデイジーの死と共に幕を閉じる。
 「もし、人が80歳で生まれ、ゆっくりと18歳に近づけていけたなら、人生は限りなく幸福なものになるだろうに」
 この言葉にインスピレーションを受けて、F・スコット・フィッツジェラルドは原作となる短編小説を書いたという。
 しかしベンジャミンの人生は、決して幸福と呼べるものではない。人々が老いていく中、自分だけが若返っていく。それは、出会う全ての人間とすれ違っていかざるを得ない寂しさを、一生抱え続ける人生だ。そして恋人のデイジーもまた、自分だけが老いていく悲しさからは逃れられない。だからこそ、たった一度しか訪れない二人の年齢が重なる一瞬は、奇跡のように甘美な時間となる。
 その先は、互いに遠ざかっていく事が決定付けられている。ベンジャミンは、何かを成し遂げようとするモチベーションを持たない。生き方はひたすら静かだ。人生のピークは、デイジーと共に生きた僅かな一時にある。それは美しいけど、以降彼女の元を去り、若々しい体を手に入れながら惰性で死に向かっていく晩年は、あまりにも悲しく思えた。
 劇中「7回落雷にあって生きている男」が登場し、落雷にあった状況をボソッと語る場面がコメディ要素として度々描かれている。実はこの男性は実在した人物で、7回落雷にあった後、失恋で自殺したらしい。
 「数奇な人生はどこにでもある物だ」と言外に語る彼の存在は、ベンジャミンの小さな救いの一つになっていたのかもしれない。

監督●デビット・フィンチャー 脚本●エリック・ロス
出演●ブラッド・ピット、ケイト・ブランシェット、タラジ・P・ヘンソン、ティルダ・スウィントンほか
上映時間●167分 配給●ワーナー・ブラザーズ映画
【イントロダクション】
1918年、ニューオーリンズ。黒人女性クイニーは置き去りにされた赤ん坊を拾う。ベンジャミンと名づけられたその男の子は、すぐにクイニーが営む施設の老人たちのなかに溶け込んだ。彼は80歳の姿をしていたのだ。養母の惜しみない愛情に包まれて、彼は成長する。車椅子から立ち上がって歩き出し、しわが減り、髪が増え、日に日に若返っていった。80歳で生まれ、若返っていく。数奇な人生を生きた、ある男の物語。

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