2009年6月25日 [施川ユウキ映画コラム]

施川ユウキ映画コラム「全ての映画は、ながしかく」第9回ザ・マジックアワー

第9回「ザ・マジックアワー」

 「笑った」「笑えなかった」の基準は個人差があるため、コメディ映画を客観的な視点でレビューするのは難しい。どう書いても単なる個人的な感想になってしまう。それを考慮した上で、批評的な視点をなるべく失わないように、自分の抱いた感想をそれなりに理屈っぽく解釈していきたいと思う。
 三谷幸喜作品は割と好きでドラマも映画も結構観ているのだが、本作は今までで一番笑わされた。最初の印象としては、前作「THE有頂天ホテル」のような「何も考えずに観て、老若男女が楽しく笑って帰る」タイプのライトなエンタメ映画である。しかし後になって、これはかなりギリギリのラインで笑いを追求しているストロングスタイルのコメディだったのではないかと思い直した。
 三谷作品のような、「勘違い」や「すれ違い」によって起こるドタバタ喜劇の追求するギリギリのラインとは、「状況が成立する説得力をどの地点まで保てるか」にあると、自分は思う。状況が成立しやすい日常的なシチュエーションである程笑いは緩くなるし、かと言って非日常に行き過ぎてしまうと説得力を失い、観てる方は冷めて笑いも失ってしまう。そういう見地で観た時、この映画は大前提として仕掛けている勘違いの設定がかなり大胆で、それはギリギリのラインに肉迫していると断言できる。
 巻き起こる事件全てが映画の撮影だと騙される俳優と、その俳優を伝説の殺し屋だと思い込んでしまうギャング達。自分は「そんな強引な勘違い成立する筈が無い」と展開を見守りながらも、思いっきり爆笑させられた。説得力を持ってそれが見事に成立しているのだ。練りに練った脚本、役者の演技力、セットのような街並で演出された世界観、全てがその状況に説得力を与えるよう、秀逸に作り込まれている。
 そして、そこが「ギリギリのラインである」となぜ判断したのかと言うと、自分は最後の大オチで笑えなかったからだ。急に「それは無い」と冷めてしまった。多分、自分の中でのラインを超えてしまったのだろう。ただ、そのラインは個人個人微妙に違う場所に引いてあって、最後が一番笑えるという人もいるだろうし、もっと前の時点で冷めてしまう人もいるかもしれない。「笑えた」「笑えなかった」の個人差は、きっとそこに現れるのだと思う。
 散々笑わされたこの作品を、最後の最後で笑えなかったからこそ、僕は支持したい。この作品は緩くない。

「ザ・マジックアワー」
脚本と監督●三谷幸喜
出演●佐藤浩市、妻夫木聡、深津絵里、綾瀬はるか、西田敏行ほか
上映時間●2時間16分 配給●東宝
【イントロダクション】
舞台は港町・守加護(すかご)。知らないうちに“伝説の殺し屋”に仕立て上げられた売れない俳優・村田大樹。映画の撮影だと思い込んでいる彼にとって、その街で起こることは、すべて映画のなかの出来事。ゴム製の拳銃片手に本物のギャングたちと渡り合うことになる村田。誤解が誤解を呼び、やがて事態は誰もが予想しなかった方向へ…。

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