2009年6月18日 [施川ユウキ映画コラム]

施川ユウキ映画コラム「全ての映画は、ながしかく」第8回ランボー 最後の戦場

第8回「ランボー 最後の戦場」

 今回のランボーは、軍事政権の圧政下にあるミャンマーを舞台に、前作までとは比べ物にならない位生々しく凄惨な戦闘を軍相手に繰り広げる。
 「ミャンマーで現実に起こっている虐殺を世の中に訴えたい」というスタローンの意向があると聞いた時、正直「説教臭や解説臭のプンプンするややこしい映画なのかなあ」と不安に思ったのだが、蓋を開けてみたら全然違った。驚くほどシンプルだ。ミャンマーの政治的背景や歴史的背景については誰も全く語っていない。冒頭に断片的なニュース映像が多少あるのみだ。ストーリーは、捕らわれた宣教師達をランボーと5人の傭兵部隊が救出するという単純なもの。特に目を見張るような展開は無い。更に言えば、今までのようなランボーの非現実的で超人的な活躍も、激しい感情の発露も無い。あるのは状況だけだ。「殺戮者を殺戮する」という状況。一言も語らずに、そのストレートな状況描写だけで、背景にあるミャンマーの重い現実を見せ付けられる。「どんな事があっても人殺しは許されない」と断言していた宣教師も、その圧倒的な状況を目の当たりにして何も言えなくなる。「痛ましい状況だ」とか「生き残る為には仕方ない」とか何らかのリアクションを待ってたんだが、最後まで何も言わなかった。ランボーもまた虚しい表情をするだけで状況に対しては無言だ。
 しかし、こんなにも言葉数の少ない映画にも関わらず、怒りや悲しみや強烈なメッセージが作品からヒシヒシと伝わってくる。それはランボーの怒りや悲しみというより、スタローン自身の怒りであり悲しみである。「地球上で最も報道されていなくて、最も生々しく破壊的な人権侵害が行われているのはどこか?」スタローンはリサーチを重ね、ランボーの最後の戦場にミャンマーを選んだ。ミャンマーの少数民族への迫害は、現在進行形で行われている悲劇である。彼らの境遇を代弁すべくランボーが立ち上がる訳だが(物語上は拉致された宣教師の救出が目的だが)、架空のヒーローであるランボーにミャンマー軍を全て壊滅させる訳にはいかない。ひとつの戦いを終えた後、何も語らず虚しい表情を見せ、状況への解釈を観客に託す事しか出来ないのだ。
 「殺戮者を殺戮する」という状況のみを、語らずに提示する。その静かさに、ミャンマーの現状に対するスタローンの怒りや悲しみが真剣であると、強く感じる事が出来た。

「ランボー 最後の戦場」
監督●シルベスター・スタローン
出演●シルベスター・スタローン、ジュリー・ベンツ、ポール・シュルツほか
上映時間●90分 配給●ギャガ・コミュニケーションズ
【イントロダクション】
ミャンマー軍による少数民族への迫害が激化する国境で、ランボーは戦いから遠ざかり淡々と日々を生きていた。しかしある日、支援のため、アメリカから宗教組織の一員のサラという女性が現れる。その熱意に折れ、目的地の村まで送ったものの、本拠地に戻った彼に、サラたちの到着した村が軍に襲撃されたという知らせが届く。救出部隊の傭兵5人にランボーが加わった…。

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