2009年6月4日 [施川ユウキ映画コラム]

施川ユウキ映画コラム「全ての映画は、ながしかく」第6回ゼア・ウィル・ビー・ブラッド

第6回「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」

 映画が始まって冒頭20分、全くセリフの無いまま主人公ダニエル・プレインビューが黙々と採掘現場で作業を続けるシーンをいきなり見せ付けられ、引き込まれる。こうして物語は静かに幕を開けるが、BGMが鳴り出すと、荒野の詩的で雄大な映像とはまるで合わない、ホラー映画を思わせる不穏で奇妙な旋律の音楽が奏でられ、戸惑わされる。それから2時間半後、物語は余韻を感じさせる間も無く唐突に終わる。
 思いっきり内容を端折って書いたが、この映画で僕が衝撃を受けたのは冒頭とラスト、そして音楽だ。導入部分、骨太な演出に「ああ、これはカリスマ採掘師を描いた映画だな」と、その意図を安易に推察する。しかし、話が進んでいく内に意外とそうではない事に気付く。ダニエルは野心家ではあるが、人間としての器は小さい。他人を信用しないし、人生の色々な局面で「駄目だコイツ…」と言いたくなるような愚かな選択をしてしまう。ダニエルの人間不信で寄る辺ない心の不安定さは、全体を通して流れる不協和な音楽や強烈な効果音によって、彼の破滅的な未来を暗示しつつ表現される。
 物語は進み、ダニエルは苦労の末、石油業で何とか成功を収め豪華な屋敷で独り老後を迎える。そこで映画もラストを迎える訳だが「そんな終わり方をする為に、ここまで大掛かりな一大叙事詩を長々と撮ったのか!?」と監督に問い詰めたくなる位、幕の引き方は馬鹿馬鹿しく呆気ない。「そんなくだらない事をする為の人生だったのか?」という、ダニエルへの虚しい問いかけを意味するかのような大胆な演出だ。冒頭で長々と映された、寡黙で雄々しい姿とは余りにも対照的である。そして劇中とは打って変わって心地良い華やかな曲が、エンドロールと共に流れる。ダニエルの滑稽な晩年を祝福するように。
 映画全体は重々しく孤独と非情に満ちて溢れているが、ラストのせいで「これは壮大な喜劇だったんじゃないか」という不思議な感想を持った。ダニエルの宿敵である牧師の過剰なパフォーマンス、所々に挿入されるビンタシーン、終盤の下品なやり取り、思い返せば全てが質の高いコントのようだ。最後の最後で印象がひっくり返ってしまった。
 人生はすべからく喜劇である。僕はこの映画を、強引だけどそう解釈したくなった。衝撃的な映画だ。

「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」
監督●ポール・トーマス・アンダーソン
出演●ダニエル・デイ・ルイス、ポール・ダノ、ケヴィン・J・オコナーほか
上映時間●2時間38分 配給●ウォルト ディズニー スタジオ モーション ピクチャーズ ジャパン
【イントロダクション】
20世紀初頭のカリフォルニア。しがない鉱山労働者であったダニエルは、石油採掘によって富と権力を手に入れる。しかし、大地から噴き出す石油はダニエルの魂を毒し、強欲、誘惑、腐敗、欺瞞といった悪徳を糧に、人との共存が不可能な欲望のモンスターへと変化させていく。その先にある破滅の予感を漂わせながら…。アメリカン・ドリームの闇をえぐる鮮烈なる大河ドラマ。

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