2013年6月1日 [施川ユウキ映画コラム]

施川ユウキ映画コラム「全ての映画は、ながしかく」第65回 ザ・マスター

第65回「ザ・マスター」

P・T・アンダーソンは、とにかく批評家受けの良い監督で、変に難解過ぎることもなく僕も大ファンだ。しかし今作に関しては、鑑賞後1週間以上たった今も、どう感想を言っていいのかわからないでいる。見てる間中、「これは凄い名作だ」と圧倒されっ放しだったのだが、正しく理解できてる気がしないのだ。

舞台は第二次大戦後のアメリカ。物語はシンプルで、元兵士のフレディと新興宗教の教祖ランカスターがひょんなことから出会い、くっついたり別れたりする。決して同性愛の話ではないのだけど、おっさん二人の関係を延々とじっとり描いている。例えば新興宗教がこの時代のアメリカにおいてどのように受容されていったのか、といったような引いた視点になることは一切無い。教団内の他の人間関係についてすら、この映画はほとんど関心を持たない。ひたすら内向きなラブストーリーのように、二人がフォーカスされ続ける。
苦悩や苦渋を全身に抱えた痛々しい男フレディと、彼を救うべく手を差し伸べるランカスター。ランカスターもまた弱さを抱えた人間だ。本能のまま生きるフレディを側に置き、自分の欠けてる部分を埋めようとする。
二人の関係は、親友のような、親子のような、師弟のような、恋人のような、正確に説明のしようがない。だからこそ理解が難しい。無理矢理わかりやすくする言うなら、人生にとってお互いが必要しあってるとわかっていながら、うまく関係性を保てず、どうしても破綻に向かってしまう。そんな悲しい二人の物語だ。
この映画で最も魅力的なのは、フレディ役のホアキン・フェニックスの演技だ。心に闇を抱えた荒くれ男を凄まじい気迫で演じている。感情移入の難しい人物なのに、見てるとモヤモヤしたものが胸に迫ってきて、ラストは思わず泣き崩れそうになってしまった。
凄い映画なのだろうけど、どう凄いのか説明できない。色んな人に意見を聞きたくなる、得体のしれない怪作だった。


●監督/脚本:ポール・トーマス・アンダーソン
●出演:ホアキン・フェニックス、フィリップ・シーモア・ホフマン、エイミー・アダムスほか
●上映時間:2時間18分 ●配給:ファントム・フィルム

【イントロダクション】
第二次世界大戦末期。帰還兵フレディは、戦地でハマったアルコール依存を断ち切れず職場で問題を起こしてしまう。社会に適応できない彼は、あてのない旅に出て密航した船で「ザ・コーズ」という教団に遭遇し、その船の主で指導者であるランカスター・ドッドに迎えられる。ドッドはあるメソッドで悩める人々の心を解放し、カリスマ的な人気を得ていた。フレディは次第にその右腕として地位を得ていくが、陰にはドッドの妻がおり、関係は変化を遂げ、教団をも変えていくのだった。

PAGE TOP