2021年3月1日 [施川ユウキ映画コラム]

施川ユウキ映画コラム「全ての映画は、ながしかく」
第4回 トータル・リコール

第4回「トータル・リコール」

子供の頃、近所に行きつけの小さな書店があって、無愛想な店主が常にレジ奥で本を読んでいた。他に店員はおらず、店内の様子に目を向けられることはほとんどなかった。長時間立ち読みしていても許される心地いい店だ。中一の冬のある日、僕はいつものように買わない客として来店していた。目的は、公開中だった『トータル・リコール』のノベライズ作品。フィリップ・K・ディックの原作小説ではなく、映画のシナリオを別の作家が長編化したものだ。当時の自分はディックすらまだ知らなかった。知っているのは、テレビで連日流されていた『トータル・リコール』のCМ映像だけだ。中年女性の顔がパカッと割れて、中からシュワルツェネッガーが出てくる。鮮烈なカットの虜になったが、簡単に映画館へ行ける環境に僕はいなかった。本編が観られないならせめてノベライズを読みたい。目当ての本を手に取り、ページをめくる。いまいち集中できない。立ち読みの息抜きに別の本を立ち読みしようと、入り口横の雑誌棚を物色する。目に入ったのは、未成年は読むことが許されないエロ漫画雑誌『ペンギンクラブ』だった。店に客は自分しかいない。今なら誰にもバレないだろう。入り口から人が来ないか警戒しつつ、注意深く読み始める。知り合いに見られたら一巻の終わりだ。その頃の僕は、書店で人目を盗み数ページだけエロ雑誌に目を通す行為を常習していたのだけど、今日だったら一冊分いける気がした。心臓をバクバクさせながら三分の一ほど読み進めたところで、後ろから誰かに頭を小突かれた。全身が凍りつく。振り返ると中年男性がいた。店主だった。何が起こったのかわからなかった。僕は、目の前の咎める目つきをした大人と、いつもレジ奥で読書している店主が同一人物であることを、すんなり認識できなかった。あまりにも印象が違う。ニセモノみたいな顔だった。そんなわけがないのに、被り物をした自分の父親かもしれないと、一瞬思った。小突き方がまったく同じだったからだ。「すみません」と震える声で謝罪し、そのまま家まで走って帰る。もうあの店には行けないし、今日のことは誰にも言えない。恥ずかしくてたまらなかった。
それから数日後、珍しく家族で映画を観に行った。『トータル・リコール』だ。冒頭、濃厚なベッドシーンから始まる。何らかの罰を受けている気分になった。現実が崩壊していくような不思議な物語だ。中年女性の顔が割れてシュワルツェネッガーが出てくる例の場面がスクリーンに映される。僕はあの時の店主の顔を思い出していた。隣りを見ると、父親が笑っていた。

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