2020年11月1日 [施川ユウキ映画コラム]

施川ユウキ映画コラム「全ての映画は、ながしかく」第152回 ポップスター

第152回「ポップスター」

教室で銃乱射事件に巻き込まれ、生死の境をさまよい、一命をとりとめた主人公セレステ。回復後、姉と作った犠牲者への追悼曲が大ヒットしたのをきっかけに、彼女はスターへの階段を駆け上がっていく。あらすじだけ聞くと、ドラマチックに展開していくサクセスストーリーを期待してしまうが、自分の予想とはかなり違う作りになっていた。前半、デビューに至るまでを淡々と描き、いよいよ起承転結の承が始まると思ったら、突然時代が17年後に飛ぶ。アーティストとして浮き沈みを経験し、活動休止に追いやられるほどのトラブルを経たセレステの、再起をかけたコンサートツアー初日の場面から後半が始まる。というか映画の後半は、ツアー初日の本番とその直前の状況だけを長尺で描いている。大胆な構成だ。

ナタリー・ポートマン演じる31歳のセレステは、前半の純真無垢な少女とは別人のように荒み切っている。酒を飲んで周囲に当たり散らし、見るからに痛々しい。あまりの変貌ぶりに驚くが、会話の端々から17年の間に何があったのか徐々に見えてくる。姉との不和や、思春期の娘(少女時代のセレステ役ラフィー・キャシディが演じている)とのぎくしゃくした関係、諸々のスキャンダル、セレブではあるが彼女の人生はボロボロだ。しかもその日、彼女の過去を想起させる凄惨な銃乱射事件が起こり、マスコミから追い回されている。
クライマックス、圧倒的なショーを見せることで彼女の人生が肯定され、映画的カタルシスを得る…という作品だったら気持ち良く観終われたのだけど、本作はもう少し複雑だった。ドキュメントタッチな演出のせいか、我々観客は冷静な視線でショーを眺めさせられることになる。圧巻のパフォーマンスにも見えるし、軽薄で安っぽいものにも見えるのだ。意図的にそう見せているのかもしれない。どちらも真実なのだと。不穏な後味が残った。万人受けは難しいかもしれないが、個人的には好みの映画だった。

●監督・脚本:ブラディ・コーベット ●製作総指揮:ナタリー・ポートマン、ジュード・ロウ 他 ●主題歌:シーア
●出演:ナタリー・ポートマン、ジュード・ロウ、ラフィー・キャシディ、ステイシー・マーティン、ジェニファー・イーリー 他
●上映時間:110分 ●配給:ギャガ

【イントロダクション】
同級生による銃乱射事件で生死の境から蘇ったセレステ。皮肉にも姉のエリーと作った犠牲者への追悼曲が異例の大ヒットを記録し栄華を極めたが、18年後、アルコールとスキャンダルにつまずき、活動休止に追いやられる。悪魔に魂を売ってでも、もう一度ステージで輝きたい歌姫は再起をかけたツアーを企画する。その矢先、セレステの過去を連想させる凄惨な事件が起こり、メディアが騒ぎ始める中、セレステはステージへと向かうのだが――。

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