2020年3月1日 [施川ユウキ映画コラム]

施川ユウキ映画コラム「全ての映画は、ながしかく」第145回 ジョーカー

第145回「ジョーカー」

コメディアンを夢見る売れない派遣ピエロのアーサー、彼がいかにして悪のカリスマジョーカーに変貌していくかを描くヴィラン誕生譚だ。アメコミ映画と言えば、『ダークナイト』的な辛気臭い路線が流行らなくなり、MCUの『アベンジャーズ』に代表される陽キャ路線が主流になって久しい。DCEUも今はそっち側に舵を切っている。『ジョーカー』は、そんな現状に強烈なカウンターを食らわせる内向的で重苦しい作品だ。
精神的に病んだ凶悪な犯罪者に、ここまで自分を同一化させられた映画は初めてだった。

この映画にはアベンジャーズ的なヒーローは登場しない。無関係だし世界観が全く違う。しかし僕が映画の最中思い浮かべていたのは、アイアンマンをはじめ彼らヒーローたちが使いこなすジョークのことだった。「笑い」とは、何も持たざる者の武器とも言われているが、トニー・スターク達は金や力だけでなく笑いのセンスも当然のように持っている。そして本作のアーサーは、金もなく力もなく、笑いのセンスも乏しい。人を笑わせ、幸せにすることだけが望みだった彼は、ただひとつ必要だったコメディアンの才能すら与えられなかった。その不幸が、誰のせいにもできない悲劇が、観客でありギャグマンガ家でもある僕の心をえぐってくる。「今まで楽しげにMCUを観てたけど、お前はこっち側の人間だろ」と突きつけられるようだった。
アーサーは、脳の障害で所かまわず笑ってしまう。お笑いライブの客席でも、周りとはズレた所で笑う。笑い方も普通と違う。笑いが精神の痙攣であるという事実を思い起こさせる、発作的な笑い方だ。痛みや悲しみや様々な感情が、独特の笑い方で表現される。主演のホアキンは、凄まじい気迫で狂気が育まれていく過程を演じている。
ネタバレしたくないのでストーリーは明かせないが、彼が厳しい現実に打ちのめされた挙げ句、この世界に一矢報いるため勝負に赴く場面がある。スーツとメイクでジョーカーになった彼の立ち姿は泣けるほどにカッコよかった。
善人が社会に絶望して悪に走ると一言で言われがちだが、現実には複雑で多様な物語がある。どんな人間も悪と無関係ではいられない。この映画は、ある人にとっては救いであり、ある人にとっては犯罪を誘発する劇薬にもなりかねない。危険だが、映画史に残る傑作だと思う。

●監督・共同脚本・製作:トッド・フィリップス 製作:ブラッドリー・クーパー
出演:ホアキン・フェニックス、ロバート・デ・ニーロ、ザジー・ビーツ、フランセス・コンロイ 他
●上映時間:122分 ●配給:ワーナー・ブラザース映画

【イントロダクション】
「どんな時も笑顔で人々を楽しませなさい」という母の言葉の胸にコメディアンを夢見る、孤独だが心優しいアーサー。都会の片隅でピエロメイクの大道芸人をしながら母を助け、同じアパートに住むソフィーに秘かな好意を抱いている。笑いのある人生は素晴らしいと信じ、ドン底から抜け出そうともがくアーサーはなぜ、狂気溢れる〈悪のカリスマ〉ジョーカーに変貌したのか? 切なくも衝撃の真実が明かされる――。

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