2010年11月1日 [施川ユウキ映画コラム]

施川ユウキ映画コラム「全ての映画は、ながしかく」第34回 おのぼり物語

第34回「おのぼり物語」

 今回の映画「おのぼり物語」は、漫画家を目指す若者が主人公だ。かつて漫画家を目指す若者だった僕は、一部自分と重ねながら鑑賞した。
 内容的には、かなり地味だ。地味な話を地味な演出で地味に見せている。しかし、だからこそ夢を追うという作業の地道さ、先の見えなさが生々しく感じて、身につまされた。この物語は、決してサクセスストーリーでは無いし、キラキラとした青春物語でも無い。淡々と毎日が更新されていく日常の記録だ。

 夢を追う若者は、現在の自分の生活を、ひとつの大きな物語の一部であるように捉えたがる。幾つもの小さな物語が関係し合って、ひとつの大きな夢物語が作り上げられる、といった風に。だが実際は違う。それはフィクションの中だけの話だ。この映画は、自覚的に大きな物語を作り上げない。巻き起こる一つ一つの事件を、独立した現実として描いている。「雑誌の休刊」「先輩との関係」「父の病気」「アパートの取り壊し」、それぞれがそれぞれに対して、物語上全く関係が無い。非常にリアルだ。
 リアル故にフラグが見えない。例えば「先輩と本音でぶつかり合った。これで二人の関係が進展するんだな?」とか、「父親が亡くなりアパートが取り壊された。これで内面的変化が起こって、創作にも影響が出るんだな?」といった映画的予感を、良くも悪くもまるで感じさせない。事実、主人公の現実は、振りかかる事件の大小に関わらず、ほとんど進展しない。残酷なくらいリアルだが、飄々とした主人公と周辺の人々の温かさのおかげで、映画は不思議と優しくハッピーな仕上がりになっている。それが象徴的なのがラストの笑い合うシーンだ。何とかなりそうな要素が何も無いのに、何とかなりそうな気がして自分も笑ってしまった。
 実際カラスヤ先生はその後、漫画家として成功している。映画的フラグなんて無くても成功してしまうのが現実だ。
 ちなみに、カラスヤサトシ先生は、僕の先輩でもあり友人でもある。そういった個人的理由もあって、「これがあのカラスヤさん…?」と、本人とのギャップをかなり楽しんで観る事ができた。

監督●毛利安孝 原作●カラスヤサトシ「おのぼり物語」(小社刊) 脚本●毛利安孝、村田亮 出演●井上芳雄、肘井美佳、チチ松村、キムラ緑子、佐伯日菜子、哀川翔、八嶋智人ほか 
上映時間●114分 配給●東京テアトル

【イントロダクション】
無計画で夢見がちな売れない漫画家カラスヤサトシこと片桐聰は、ある朝ふいに思い立って大阪から上京する。東京で生活するための部屋も見つかり“おのぼり生活”が軌道に乗り始めた直後、唯一連載していた雑誌が休刊に。貧乏な漫画家から、ただ漫画家を夢見る無職の男になった片桐に、大阪の母から、父にガンが見つかったと電話が入り…!? 職無し、コネ無し、貯金ゼロの漫画家志望の青年が、東京で右往左往する物語。

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