2019年1月1日 [施川ユウキ映画コラム]

施川ユウキ映画コラム「全ての映画は、ながしかく」第131回 エンジェル、見えない恋人

第131回「エンジェル、見えない恋人」

透明人間を題材にした作品といえば、エログロ暴力映画の巨匠ポール・バーホーベン監督作『インビジブル』のような面白ホラーをイメージしてしまうのだけど、本作は真逆と言ってもいい位繊細で一途なラブストーリーだ。
透明人間の少年エンジェルと盲目の少女マドレーヌが出会い、互いに恋に落ちる。自分が透明であることを告げられないまま時は経ち、ある日彼女が視力を取り戻す手術を受けることになり…。物語はシンプルで登場人物も少ない。基本的には、メイン二人とエンジェルの母親の3人だけだ。ほとんどのシーンがエンジェルの主観ショット。本作のCGは必要最低限に抑えられている。低予算ながらも技術とセンスでチープにならずに、足跡やシーツのふくらみ等、オーソドックスな演出で透明人間の存在を上手く表現している。

展開は割とスローで、詩的なセリフや映像が多く、エンタメに特化されたハリウッド映画のようなものを期待すると、所々退屈するかもしれない。ちなみに清らかな純愛物を見ていると思ったら、後半意外とがっつりエロかったりもする。それはそうと、エンジェル君は終始全裸なのだろうかとか思ってしまうのだけど、それは野暮なツッコミだろう。
ところで映画とは関係ないのだけど、最近僕はVRにハマっている。VR空間内で自分の体を見るとよく透明人間になっている。たまに体のデータが用意されることもあるが、まったくしっくりこないので、透明人間の方が落ち着く。世界を体験するのに身体は邪魔なのだ。この先の未来、人々がVR世界をメインに生きていくように変わったとしたら、最初は変身願望を満たすように美少女の身体が人気になったりするのだろうけど、最終的には身体は捨てられて皆透明人間になるのではないか、と考えている。個体を認識するのはアイコンや文字列で十分なのだ。透明人間である理由が語られないこの映画を観ながら、「我々が透明でない理由」についてむしろ考えてしまった。

●監督:ハリー・クレフェン ●脚本:ハリー・クレフェン、トマ・グンジグ
●出演:フルール・ジフリエ、エリナ・レーヴェンソン、マヤ・ドリー、ハンナ・ブードロー、フランソワ・ヴァンサンテッリ 他
●上映時間:79分 ●配給:アルバトロス・フィルム

【イントロダクション】
目に見えない存在として生まれた“エンジェル”と盲目の少女“マドレーヌ”。世間との接触を一切絶ち、施設の中で母親の手により育てられたエンジェルは、ある日盲目の少女マドレーヌと知り合う。エンジェルの秘密に気が付かないマドレーヌだが、次第に二人は心惹かれ合っていく。そんな時、マドレーヌは目の手術を受けることになるが・・・・。

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