2010年9月1日 [施川ユウキ映画コラム]

施川ユウキ映画コラム「全ての映画は、ながしかく」第32回 運命のボタン

第32回「運命のボタン」

 この映画の原作が書かれたのは1970年、相当古い小説だ。日本では76年に「死を招くボタン・ゲーム」というタイトルで発表されていて、鑑賞後こちらを読ませて頂いた。10分程度で読める短編である事に驚き、映画と全然内容が違う事にまた驚いた。確かに、これだけ短い話を約2時間にするとしたら、相当脚色する必要がある。だが、「こう来たか!」と。

 ボタンを押す、押さないの二者択一で主人公達の運命が左右されるように、この作品も映画化にあたって二者択一を迫られていたと思う。ギミックである「ボタンという謎」を拡大するか、テーマである「夫婦という謎」を拡大するか、の二択だ。前者ならキャッチーで仕掛け重視の物語に、後者なら地味ながら奥の深い物語に、恐らくなるだろう。本作は前者を選び、結果際限なく拡大する謎に、思いっきり浸れる謎映画に仕上がった。正直、謎の度が過ぎていて、もはやキャッチーですら無くなっているのだが、謎好きの自分には十分に楽しめる内容だ。
 物語は、「押すか押さないかの選択」に至る前半、謎に翻弄されるサスペンスに満ちた後半、最後の選択を迫られる終盤の、大体三つに分けられる。前半部分は、謎もボタンと配達人のスチュワードの存在くらいに抑えられ、夫婦と息子の日常に焦点が当てられる。感情移入しやすく、導入部分としては非常に見やすい。しかし後半以降、謎が謎を呼ぶ展開になり、少し様子が変わっていく。
 ボタンの背景に世界規模(あるいは宇宙規模)の陰謀が見え隠れし、何者がどんな目的で何をしているのか、さっぱりわからないまま、主人公達が非現実的な世界に取り込まれていくのだ。主人公達に段々感情移入しにくくなり、観客はどんどん置いてきぼりにされていく。好き嫌いが大きく別れてしまう部分だと思う。
 終盤、究極の選択を迫られる場面で、再び現実に戻され、ようやく何とか入り込んで観る事が出来るようになる。物語は円環を閉じるようにキレイに収まるものの、頭の上には「?」が大量に残ったままだ。クセのある映画だが、妄想的に拡大する謎を、もう一度見たいと思わされた。


監督・製作・脚本●リチャード・ケリー 原作●リチャード・マシスン 
出演●キャメロン・ディアス、ジェームズ・マースデン、フランク・ランジェラほか
上映時間●1時間55分 配給●ショウゲート

【イントロダクション】
ある日の明け方、ノーマとアーサー夫妻のもとに赤いボタン付きの箱が届く。その日の夕方、スチュワードと名乗る謎の人物がノーマを訪ね、驚くべき提案を持ちかける。「ボタンを押せば、あなたは1億円を受け取る。ただし見知らぬ誰かが死ぬ。期限は24時間」。2人は道徳的ジレンマに迷うが、目の前に1億円を見せられ生活が苦しいこともあり、結局ボタンを押してしまう。果たして、2人の運命の行方は!?

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