2018年12月1日 [施川ユウキ映画コラム]

施川ユウキ映画コラム「全ての映画は、ながしかく」第130回 未来のミライ

第130回「未来のミライ」

青空、入道雲、空を飛ぶ制服姿の少女。既視感たっぷりのポスターに、「時かけと似たような話か」「同じようなの作られてもな」と、ある意味期待値下げての鑑賞だったのだけど、全然違った。完全にミスリードを誘うポスターだ。細田監督のどの作品にも似ていないし、ほとんど初めて目にするような不思議な映画だった。
主人公は4歳の男の子、くんちゃん。妹が生まれ、以前のように親の愛を独り占めできない。イライラしながら中庭に出ると、不思議な世界に迷い込み…。

子供が異世界で他者と出会い成長して帰ってくる系の話はよくあるのだけど、くんちゃんが出会うのは他者ではなく、全て未来や過去の家族だ。中庭という内側に閉じた世界で、ひたすら家族と出会っていく。くんちゃんがなぜ家族に出会うのかというと、兄として妹を受け入れられるようになるためだ。と言っても、この映画は家族の絆云々という押し付けがましい話はしてこない。個々のエピソードを通して「血の連なりってこういうことかもね」と、観客側が家族という文脈を読み込んでいくイメージだ。そういう意味で、大人が観ても色々考えさせられると思った。
それから印象的だったのは、もうひとつの主人公とも言える、彼らの住まう「家」だ。父親はフリーの建築家で、舞台になっている家はデザイン性が重視されたオシャレ物件。段差だらけでバリアフリー的に問題があり、祖母も冒頭でそのことに言及している。小さい子供や赤ちゃんが怪我しそうでハラハラする。そこで育つくんちゃんは、我が家を当たり前のように受け入れ危なげなく走り回る。きっと妹の存在も、受け入れてすぐ当たり前になるだろう。家族を成立させることは、不自由な中で自由になることに似ている。
本作は、物語の構成が特殊で野心的だ。家族の小さな話を通して「自分とは?」「世界とは?」「歴史とは?」といった大きなテーマを語ろうとしている。エンタメの王道をあえて外していて、もしかしたら賛否別れる作品かもしれない。

●監督・脚本・原作:細田守
●出演:上白石萌歌、黒木華、星野源、麻生久美子、吉原光夫、宮崎美子、役所広司/福山雅治
●上映時間:98分 ●配給:東宝

【イントロダクション】
妹が生まれた、甘えん坊の4歳の男の子くんちゃん。それまで独り占めしていた両親の愛情を奪われ、戸惑うばかりだったが、家の庭でくんちゃんをお兄ちゃんと呼ぶ不思議な少女ミライちゃんと出会う。ミライちゃんに導かれ時をこえた家族の物語へと旅立つくんちゃん。それは小さなお兄ちゃんの大きな冒険の始まりだった。過去から未来へつながる、家族と命の物語。

PAGE TOP