2018年4月1日 [施川ユウキ映画コラム]

施川ユウキ映画コラム「全ての映画は、ながしかく」第122回 ブレードランナー2049

第122回「ブレードランナー2049」

僕は世代的に、『ブレードランナー』の影響下にある作品をたくさん目にした後で、確認作業のようにブレランを観ている。原作『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』は大好きだけど、映画自体に強い思い入れはない。「なるほど、これがアレの元ネタなのか!」ぐらいの印象だ。映画史に残る傑作の続編とは言われているが、自分的にはある意味フラットな気持ちで、本作『ブレードランナー2049』を鑑賞した。

ネタバレを一切避けた上で率直な感想を言うと、濃密なSF映画をたっぷり堪能できて大満足の一言だ。
SF映画と一口に言っても、ひとつのアイデアを見せるものや思考実験もの、スペースオペラ等々、諸々ある。本作は、主に世界観を見せるタイプのSF映画だと思う。もちろん、哲学的テーマを含んだ深淵な物語や魅力的なキャラクターもあるのだけど、それらの要素よりも、ワンシーンごとの映像が印象的過ぎて、世界観ばかりが頭に残った。
タルコフスキーを思わせる叙情的な映画だ。163分もあるし、展開も淡々としていて、途中眠くなる場面も正直あった。ところが見終わって数日経った今思い出すのは、その退屈な場面で見せられていたオレンジ色の砂漠だったり、一面に広がるソーラーパネルだったり、霧の中に立つ一本の老木だったり、そういった静けさの似合う風景たちだ。アクションシーンもそれなりにあったはずなのに、喪失のただなかにある風景と周辺に流れる独特の時間ばかりを、反芻してしまう。ライアン・ゴズリングが良いとか、ホログラムの彼女がカワイイとか、前作を見てるとグッと来るとか、語るべき要素は他にもたくさんあるのに、その話は後回しにしたくなってしまう。
劇場を出ると、大きなガラス越しに、ネオンで満たされた夜の歌舞伎町が目に入った。雨が降っていて、それはスピナーのフロントウィンドウを打つ雨粒とまるで同じ雨粒だ。さっきまで見ていた特別な世界と、ここが地続きにあるような気がして、夢見心地のまま家路についた。

●製作総指揮:リドリー・スコット/監督:ドゥニ・ヴィルヌーヴ
●出演:ライアン・ゴズリング、ハリソン・フォード、ロビン・ライト、ジャレッド・レト 他
●上映時間:2時間43分 ●配給:ソニー・ピクチャーズ

【イントロダクション】
LA市警のブレードランナー“K”は、ある事件の捜査中に、レプリカント(人造人間)開発に力を注ぐウォレス社の巨大な陰謀を知ると共に、その闇を暴く鍵となる男にたどり着く。彼はかつて優秀なブレードランナーとして活躍していたが、ある女性レプリカントと共に忽然と姿を消し、30年間行方不明になっていた男、デッカードだった。一体彼は何を知ってしまったのか? デッカードが命がけで守り続けてきた秘密──人間とレプリカント、2つの世界の秩序を崩壊させ、人類存亡に関わる真実が今、明かされようとしている。

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