施川ユウキ映画コラムー全ての映画は、ながしかく

2009年6月18日 [施川ユウキ映画コラム]

施川ユウキ映画コラム「全ての映画は、ながしかく」第8回ランボー 最後の戦場

第8回「ランボー 最後の戦場」

 今回のランボーは、軍事政権の圧政下にあるミャンマーを舞台に、前作までとは比べ物にならない位生々しく凄惨な戦闘を軍相手に繰り広げる。
 「ミャンマーで現実に起こっている虐殺を世の中に訴えたい」というスタローンの意向があると聞いた時、正直「説教臭や解説臭のプンプンするややこしい映画なのかなあ」と不安に思ったのだが、蓋を開けてみたら全然違った。驚くほどシンプルだ。ミャンマーの政治的背景や歴史的背景については誰も全く語っていない。冒頭に断片的なニュース映像が多少あるのみだ。ストーリーは、捕らわれた宣教師達をランボーと5人の傭兵部隊が救出するという単純なもの。特に目を見張るような展開は無い。更に言えば、今までのようなランボーの非現実的で超人的な活躍も、激しい感情の発露も無い。あるのは状況だけだ。「殺戮者を殺戮する」という状況。一言も語らずに、そのストレートな状況描写だけで、背景にあるミャンマーの重い現実を見せ付けられる。「どんな事があっても人殺しは許されない」と断言していた宣教師も、その圧倒的な状況を目の当たりにして何も言えなくなる。「痛ましい状況だ」とか「生き残る為には仕方ない」とか何らかのリアクションを待ってたんだが、最後まで何も言わなかった。ランボーもまた虚しい表情をするだけで状況に対しては無言だ。
 しかし、こんなにも言葉数の少ない映画にも関わらず、怒りや悲しみや強烈なメッセージが作品からヒシヒシと伝わってくる。それはランボーの怒りや悲しみというより、スタローン自身の怒りであり悲しみである。「地球上で最も報道されていなくて、最も生々しく破壊的な人権侵害が行われているのはどこか?」スタローンはリサーチを重ね、ランボーの最後の戦場にミャンマーを選んだ。ミャンマーの少数民族への迫害は、現在進行形で行われている悲劇である。彼らの境遇を代弁すべくランボーが立ち上がる訳だが(物語上は拉致された宣教師の救出が目的だが)、架空のヒーローであるランボーにミャンマー軍を全て壊滅させる訳にはいかない。ひとつの戦いを終えた後、何も語らず虚しい表情を見せ、状況への解釈を観客に託す事しか出来ないのだ。
 「殺戮者を殺戮する」という状況のみを、語らずに提示する。その静かさに、ミャンマーの現状に対するスタローンの怒りや悲しみが真剣であると、強く感じる事が出来た。

「ランボー 最後の戦場」
監督●シルベスター・スタローン
出演●シルベスター・スタローン、ジュリー・ベンツ、ポール・シュルツほか
上映時間●90分 配給●ギャガ・コミュニケーションズ
【イントロダクション】
ミャンマー軍による少数民族への迫害が激化する国境で、ランボーは戦いから遠ざかり淡々と日々を生きていた。しかしある日、支援のため、アメリカから宗教組織の一員のサラという女性が現れる。その熱意に折れ、目的地の村まで送ったものの、本拠地に戻った彼に、サラたちの到着した村が軍に襲撃されたという知らせが届く。救出部隊の傭兵5人にランボーが加わった…。

2009年6月11日 [施川ユウキ映画コラム]

施川ユウキ映画コラム「全ての映画は、ながしかく」第7回フィクサー

第7回「フィクサー」

 この作品は、ある大手製薬会社に対する3千億円にのぼる薬害訴訟事件をめぐって、弁護士マイケル、上司であるマーティ、同事務所のエリート弁護士アーサー、そして、製薬会社の法務担当カレンが如何に判断し行動するかを描いた、一言で言うと「大人達が必死な映画」である。主要キャラに若者はほとんどいない。大人だらけだ。
  「大人だらけ」と言われても、大人と若者を何処で分けてるのかピンと来ないかもしれない。「相応に年を重ねている」「分別がある」「落ち着いた雰囲気を持っている」「複雑に物事を考えている」だから大人かと言えば多分そうではない。僕がこの映画を観て思うに大人とは、ある種の社会的立場であったり、資産や負債であったり、妻や子供であったり、人生を決定付ける大きな物を「既に獲得してしまった人々」の総称なのではないだろうか。逆に言えば「これから獲得しようとしている人々」が若者だ。
 本作に登場する主要キャラの中で、若者は原告である農家の娘アンナだけだ。裁判で賠償金を獲得する事が彼女の人生の目的となっている。アンナ以外の登場人物は、マーティもアーサーもカレンもカレンの上司もマイケルもマイケルの顧客達も皆「既に獲得してしまった人々」だ。彼等の人生の目的は獲得してしまった物を守る事であり、周囲からもそうあるべきと求められている。もし、その行動が善悪という価値基準と衝突した時、正義を選択する事は彼等にとって破滅を意味する。多くの人を巻き込んで全てを失う。獲得してしまった物が大き過ぎる「大人達」は、当たり前であるべき正義を容易には選べないのだ。そんな中、良心の呵責に耐えかねたアーサーは正気を失って正義を選択しようとする。正気を失わないと正義を選べないというのは皮肉な話だが、結果アーサーは消され、それを知ったマイケルは徐々に正義へと目覚めていく。
 この映画は、冒頭で起こった自動車の爆破シーンから突然4日前に遡り「なぜそうなったのか」を延々描いていく、という構造を持っている。起こってしまった事の辻褄を合わせていく演出は、もみ消し屋(フィクサー)であるマイケルの仕事と重なって見える。物語の組み立て方を含め、所々に「手遅れ感」の漂う物悲しい大人の映画だった。

「フィクサー」
監督●トニー・ギルロイ
出演●ジョージ・クルーニー、ティルダ・スウィントン、トム・ウィルキンソンほか
上映時間●120分 配給●ムービーアイ
【イントロダクション】
巨額の薬害訴訟において、被告である巨大製薬会社有利に解決されようとしていた最中、製薬会社の弁護を担当する同僚がすべてを覆す秘密を握ってしまう。暴露を恐れた事務所は“フィクサー”であるマイケル・クレイトンにもみ消しを依頼する。活動を開始したマイケルに知らされた同僚の不審死。その真相を追究する内、彼は隠蔽工作に留まらぬ予想をはるかに超えた陰謀の存在に気づく。

2009年6月4日 [施川ユウキ映画コラム]

施川ユウキ映画コラム「全ての映画は、ながしかく」第6回ゼア・ウィル・ビー・ブラッド

第6回「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」

 映画が始まって冒頭20分、全くセリフの無いまま主人公ダニエル・プレインビューが黙々と採掘現場で作業を続けるシーンをいきなり見せ付けられ、引き込まれる。こうして物語は静かに幕を開けるが、BGMが鳴り出すと、荒野の詩的で雄大な映像とはまるで合わない、ホラー映画を思わせる不穏で奇妙な旋律の音楽が奏でられ、戸惑わされる。それから2時間半後、物語は余韻を感じさせる間も無く唐突に終わる。
 思いっきり内容を端折って書いたが、この映画で僕が衝撃を受けたのは冒頭とラスト、そして音楽だ。導入部分、骨太な演出に「ああ、これはカリスマ採掘師を描いた映画だな」と、その意図を安易に推察する。しかし、話が進んでいく内に意外とそうではない事に気付く。ダニエルは野心家ではあるが、人間としての器は小さい。他人を信用しないし、人生の色々な局面で「駄目だコイツ…」と言いたくなるような愚かな選択をしてしまう。ダニエルの人間不信で寄る辺ない心の不安定さは、全体を通して流れる不協和な音楽や強烈な効果音によって、彼の破滅的な未来を暗示しつつ表現される。
 物語は進み、ダニエルは苦労の末、石油業で何とか成功を収め豪華な屋敷で独り老後を迎える。そこで映画もラストを迎える訳だが「そんな終わり方をする為に、ここまで大掛かりな一大叙事詩を長々と撮ったのか!?」と監督に問い詰めたくなる位、幕の引き方は馬鹿馬鹿しく呆気ない。「そんなくだらない事をする為の人生だったのか?」という、ダニエルへの虚しい問いかけを意味するかのような大胆な演出だ。冒頭で長々と映された、寡黙で雄々しい姿とは余りにも対照的である。そして劇中とは打って変わって心地良い華やかな曲が、エンドロールと共に流れる。ダニエルの滑稽な晩年を祝福するように。
 映画全体は重々しく孤独と非情に満ちて溢れているが、ラストのせいで「これは壮大な喜劇だったんじゃないか」という不思議な感想を持った。ダニエルの宿敵である牧師の過剰なパフォーマンス、所々に挿入されるビンタシーン、終盤の下品なやり取り、思い返せば全てが質の高いコントのようだ。最後の最後で印象がひっくり返ってしまった。
 人生はすべからく喜劇である。僕はこの映画を、強引だけどそう解釈したくなった。衝撃的な映画だ。

「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」
監督●ポール・トーマス・アンダーソン
出演●ダニエル・デイ・ルイス、ポール・ダノ、ケヴィン・J・オコナーほか
上映時間●2時間38分 配給●ウォルト ディズニー スタジオ モーション ピクチャーズ ジャパン
【イントロダクション】
20世紀初頭のカリフォルニア。しがない鉱山労働者であったダニエルは、石油採掘によって富と権力を手に入れる。しかし、大地から噴き出す石油はダニエルの魂を毒し、強欲、誘惑、腐敗、欺瞞といった悪徳を糧に、人との共存が不可能な欲望のモンスターへと変化させていく。その先にある破滅の予感を漂わせながら…。アメリカン・ドリームの闇をえぐる鮮烈なる大河ドラマ。

2009年5月28日 [施川ユウキ映画コラム]

施川ユウキ映画コラム「全ての映画は、ながしかく」第5回 アニー・リーボヴィッツ レンズの向こうの人生

第5回「アニー・リーボヴィッツ レンズの向こうの人生」

 この映画は、アニー・リーボヴィッツという女流写真家の人生を追ったドキュメンタリー作品だ。自分は映画の本質は演出だと思っている人間なので、ドキュメンタリーを映画として語るのは苦手だ。演出について敢えて言うなら、本作は彼女の人生を冷静に淡々と時系列で追ったというより、断片を感覚的に繋げて一つにまとめたという印象が強い。鑑賞後、走馬灯を見るようにアニー・リーボヴィッツの仕事を追体験した気分になった。彼女は自分とは真逆のタイプの人間なので、それが新鮮に楽しめた。
 アニーやアニーの関係者へのインタビューが続く中、彼女の撮った作品が次から次へとフラッシュバックのように映し出される。それがこの映画の基本構成だ。どの写真も印象的であるのは当然なのだが、インタビュー中に語られる言葉もまたフックのある断片として後に残る。
 「大切な人を二人失い、三人を授かった。それが人生」「車の中で育てば芸術家にもなる。車窓というフレームから世界を見てるんだもの」「移動が好きなの。次の場所に移動していれば満足よ」「空気のような存在になれば自由に写真が撮れる」「彼の骨を撮りたかった」「彼女は、母なる地獄」
 映像や言葉も、写真のように断片としてピックアップすると、表現としての強度が強まったり弱まったりする。目まぐるしくスクリーンに現れる無数の写真を見ながら、瞬間を捉える表現について、写真家という仕事について、ひいては自分自身の仕事についてまでも、色々と考えさせられた。
 彼女はその時々の有名人を被写体に、インパクトのある写真を撮り続け成功する。彼女の捉えた「瞬間」はカメラのシャッター幕が開く露光の瞬間ではなく、時代の瞬間そのものだ。
 「もし自分が有名人になって『いいとも』のテレフォンショッキングに呼ばれたら、誰を紹介しよう…」とか「『食わず嫌い王』に出たら、どの食材を指定しよう…」とか妄想する事があるけど、アメリカ人は「アニーに撮られるとしたら、どんな写真になるんだろう」等と思い描いたりするのかもしれない。
 深い思索を促される一方で、そんな事も考えさせられるポップさも併せ持った映画だった。

「アニー・リーボヴィッツ レンズの向こうの人生」
監督●バーバラ・リーボヴィッツ
出演●オノ・ヨーコ、デミ・ムーア、ミック・ジャガー、キース・リチャーズほか
上映時間●83分 配給●ギャガ・コミュニケーションズ
【イントロダクション】
世界的な活躍を続ける写真家アニー・リーボヴィッツ。暗殺の数時間前、裸でオノ・ヨーコに寄り添うジョン・レノン。妊娠中に雑誌の表紙をヌードで飾ったデミ・ムーア。ミュージシャン、映画スター、政治家、ダンサー、スポーツ選たちが彼女の前で心を開き、思いもよらぬ表情を見せる。華々しいキャリアを持つ彼女の人生と原動力を、セレブリティ100人の証言や、撮影裏話を基に描き出す。

2009年5月21日 [施川ユウキ映画コラム]

施川ユウキ映画コラム「全ての映画は、ながしかく」第4回 アメリカン・ギャングスター

第4回「アメリカン・ギャングスター」 

 1970年代のニューヨークを舞台に、麻薬王フランク・ルーカスと麻薬捜査官リッチー・ロバーツという実在した人物をクローズアップして描いたクライムストーリー。ギャング映画ではあるものの比較的バイオレンス色は薄めで、どちらかと言うと「ガイアの夜明け」でも観てるような経済色の強い話だった。
 フランクは、安価で純度の高いヘロインの供給を既得権団体であったマフィアを介さない事で実現させるべく、生産地であるタイの奥地まで単身買い付けに行く。商談を成立させ、流通を確保し、一貫した商品管理が可能なシステムを作り上げる。そしてビジネス展開が軌道に乗ってきたら販路を拡大させ、更にはブランドマネジメントまで手掛けた。
 黒人のフランクが、組織に頼らずたった一人で築き上げたビジネスモデルとそれによる成功が象徴しているものは、「アメリカン・ギャングスター」の正に「アメリカン」の部分だ。自由主義経済が抱く可能性そのものである。商品が麻薬だった事を除けば、彼の起業プロセスはクレバーでアメリカ的正しさを持っているし、そのアメリカンぶりは彼のライフスタイルからも容易に窺える。上品にスーツを着こなし、健全で規則正しいストイックな生活を心がけ、厚い信仰心を持ち、家族を大事にする。理想とされるエリートビジネスマンのイメージそのまんまだ。
 そんな華やかなフランクとは対照的に、彼を追う刑事リッチーの置かれている状況は暗い。警察内は不正がはびこり、唯一人正義を貫くリッチーは周りから疎まれている。相棒のジェイは麻薬に走り中毒死を遂げ、プライベートでも離婚した妻を相手に息子の養育権をめぐって裁判中だ。警察の不正、離婚、麻薬中毒死。彼の周辺もまた負の面でアメリカを象徴しているが、フランクと違ってやたら生々しい。
 麻薬の匂いをさせない麻薬王のスマートなエグゼクティブイメージ。正義が蔑ろにされる警察の汚れきった現実。この映画はそんな二つのアメリカを両側から描きつつ、ゆっくりと肉薄させていく。やがて両者は静かに対面を果たし、アメリカ社会に大きな衝撃と変革をもたらす事となる。
 時代に依存したフランクの不安定で胡散臭い成功と、地を這うように生きるリッチーが勝ち取った確固たる正義に、虚実ない交ぜのまま動いていくダイナミックなアメリカを見せ付けられた気がした。

「アメリカン・ギャングスター」
監督●リドリー・スコット
出演●ラッセル・クロウ、デンゼル・ワシントン、キウェテル・イジョフォー、キューバ・グッディングJrほか
上映時間●2時間37分 配給●東宝東和
【イントロダクション】
ハーレムを仕切るギャングのボスに15年間仕えてきた運転手のフランクはボス亡き後、一匹狼として生きることを決意。ベトナム戦争の軍用機を利用して麻薬を生産者から大量に仕入れ、安価で大衆に販売する戦略により麻薬王の座に上り詰める。派手な行動を慎んだことでその正体は誰にも気付かれずにいたが、特別麻薬取締局のリッチーが疑惑の目を向ける。

2009年5月13日 [施川ユウキ映画コラム]

施川ユウキ映画コラム「全ての映画は、ながしかく」第3回 エリザベス:ゴールデン・エイジ

第3回「エリザベス:ゴールデン・エイジ」 

 「この映画で私が努力したことは、ある種の空虚を抱えた女を作り上げること。友達も無く、夫も無く、子供も無い。だから、そのむなしさを埋め合わせてくれる何かを探し求めるの」
 主演のケイト・ブランシェットが語るように、この作品は虚無に満ちている。上映中、僕が常に感じていたのは、ここ最近の特に邦画でよく見られる安易なお涙頂戴ものとは一線を画すような虚無感、大胆な言い方をすれば「感動の与えなさ」だ。「自分への暗殺を企てた従姉妹の処刑を止められなかった悲劇」「信頼していた侍女に男を寝取られる悲劇」「戦争という悲劇」等、物語が展開していく中でドラマチックな事件が次々とエリザベスの身に降りかかって来るのだが、それらは皆淡々と脚本を消化していくようにスクリーンを上滑りしていく。
 感動を生む事は簡単にできる。例えば、過去に従姉妹とどういう関係であったのか、かつて懇意であったならそのエピソードを挟めば処刑シーンで泣けるだろうし、エリザベスとローリーの間に激しい熱愛関係があれば裏切りに対してもっと衝撃を受けただろうし、戦争で大切な人を失ったのなら心に深く感じることもあっただろう。
 しかし、従姉妹とはドライな関係であったことしか描かれていないし、ローリーとは熱愛と呼べる程の関係を持っていないし、戦争は拍子抜けな位あっさりと終わる。「史実がそうであったから」という理由ではなく(そもそもこの映画は史実をあまり重視していない)、そこに明らかな演出的意図を感じた。
 もし、それら全てに怒涛の感動を演出していたら、この作品は恐らく下品で安っぽい昼ドラとしか見られなかっただろう。ケイトの言う「空虚を抱えた女」も描けなかったかもしれない。エリザベスには友達も、夫も、子供もいない。数々の悲劇を希薄にさせる他者との関係性こそが、最大の悲劇なのだ。
 激しい感動とは一つの身体性であり、処女女王(ヴァージン・クイーン)の称号はその欠落感を象徴している。豪奢な衣装に身を包んで時代を突き進んでいく彼女はとても美しく、とても空虚に見えた。

「エリザベス:ゴールデン・エイジ」
監督●シェカール・カプール
出演●ケイト・ブランシェット、ジェフリー・ラッシュ、クライヴ・オーウェン、アビー・コーニッシュほか
上映時間●1時間54分 配給●東宝東和
【イントロダクション】
数奇な運命を背負いながらも25歳でイングランド女王に即位。国家と添い遂げ、あらゆる陰謀や策略に抵抗するために、全世界、そして神の御前で女の幸せを捨て〈ヴァージン・クイーン〉になったエリザベス。アメリカ大陸から帰還した航海士ローリーとの出会いと恋、葛藤の最中、女王暗殺事件をきっかけにスペイン無敵艦隊との国の存亡を賭けた戦いがはじまる…。

2009年5月5日 [施川ユウキ映画コラム]

施川ユウキ映画コラム「全ての映画は、ながしかく」第2回 ボーン・アルティメイタム

第2回「ボーン・アルティメイタム」 

 ボーンシリーズ三部作の完結編。二作目が未見である事に試写会当日に気付く。「まあ、アクション物だしパンフに目を通しておけば何となくわかるだろ」と思って観たら、見事に引っかかる所無く楽しめた。
 この映画に複雑なストーリー展開は無い。ボーンが目の前の状況を無駄の無い動きで冷静に黙々と打開していく、その華麗さにひたすら酔いしれる作品だ。アクション映画でありながら、身体性よりも迷い無くサクサクと最適な判断を下していく知性や、全く揺るがない堅牢な精神性の方に魅せられる。アクションの連続と言うより判断の連続。例えるなら、ルービックキューブを猛スピードで完成させるとか、テトリスのスーパープレイとか、そういう行為を見てる時に感じる理系的エクスタシーが、激しいアクションの合間合間に詰まっている。正に男の映画だ。
 各シーンは、基本「ボーンと工作員が戦う現場」と「敵の基地であるCIAの司令室」の二場面を中心に展開していく。ボーンは現場で工作員と格闘しながら、同時に司令室との頭脳戦も繰り広げる。司令室と現場のドタバタが映画のメインとなってる訳だが、この構図に妙な既視感を覚えた。
 ……そう言えば、テレビのバラエティ番組でよく見る。司令室側と現場側、一番分かりやすい例で言えば「ロンハー」における淳とドッキリのターゲットとか。「めちゃイケ」でも矢部が司令室側で岡村が現場側という状況をよく見る。もちろんバラエティ番組の方がスパイ物のパロディとしてやっているのだろうけど、僕が極度のテレビっ子であるせいか、映画のそういったシーンがバラエティの延長のようにも見えてしまう。
 CIAの局長「ボーンさん、何してはるんですか?(矢部っぽく)」…みたいな。その目線で見てたら、攻防が余りにハイレベル過ぎて「やり過ぎ! やり過ぎ!」と思わず吹き出しそうになった。多分、間違った見方だ。

「ボーン・アルティメイタム」
監督●ポール・グリーングラス
出演●マット・デイモン、ジュリア・スタイルズ、ジョアン・アレン、デヴィッド・ストラザーン・ほか
上映時間●1時間55分
【イントロダクション】
記憶喪失の男、ジェイソン・ボーン。彼は、なぜ自分が執拗に追われ、命を狙われるのか理解できなかった。しかし彼には、次々と降りかかる絶体絶命の危機に、反射的に対処できる戦闘能力が備わっていた。やがて自分がCIAの元暗殺者だと知ったボーンは、過去を取り戻すため走り出す。心の通った人間としての自由と未来を掴み取るために…。

2009年4月30日 [施川ユウキ映画コラム]

施川ユウキ映画コラム「全ての映画は、ながしかく」第1回 自虐の詩

第1回「自虐の詩」 

 映画の感想を語る時「原作と比べると…」とか言う奴が嫌いだ。海外の小説など滅多に読まない自分からしたら「え、原作読んでないの? 読まずに映画観るの? 浅くない? って言うか普段から本とか読んだ方がいいよ」的な事を言外に言われているような気がしてならない(被害妄想)。そんな場面ではいつも全力の仏頂面で不機嫌をアピールし、気まずくやり過ごす事にしている。
 で、この「自虐の詩」ですが、原作と比べると若干毛色の違った作品になっています。…スミマセン。原作読んでない人は全力の仏頂面でこの先を読んで下さい。
 原作「自虐の詩」は、社会の下層に属するどうしようもない二人の変わらない日常を何度も何度も繰り返し描き、読者に滑稽な生活ぶりを十分認識させてから、ラストにその日々がいかに価値のあるかけがえの無い物だったのかを気づかせ嵐のような感動を呼び起こす、という歴史的傑作だ。均質なテンポで淡々と日常を描く4コマだからこそ、結実した奇跡だと思う。
 一方、映画「自虐の詩」は良くも悪くも映画そのものだ。主役の阿部寛と中谷美紀は役作りしてるものの華があるし、構成や演出は独特でケレン味がある。特に印象的だったのが後半の自殺未遂するシーン。ベッドの上に鮮血が広がるカットは恐ろしいほど絵になっていて、瞬間的に心を揺さぶられた。日常描写的にサラッと描いてる原作とは対照的だ。
 物語はクライマックスで分かりやすく「泣かせ」に行っている。だが、確信犯的な堤幸彦演出のお陰であまりあざとさを感じさせない。あざとさを指摘する前に、「イサオの風貌は、ヤクザから足を洗ってからの方がヤクザっぽくなってる!」とか面白い方に色々ツッコミを入れたくなる。ただ、堤幸彦特有のツッコミ所の多い演出は、強く出れば出るほど我々の生活世界から遠ざかってしまう。生活賛歌がテーマである本作では、そこに多少のジレンマを感じた。

「自虐の詩」
監督●堤幸彦
出演●中谷美紀・阿部寛・遠藤憲一・カルーセル麻紀・松尾スズキ・ほか
上映時間●1時間55分
【イントロダクション】
「日本一泣ける4コマ」と名高い業田良家原作の『自虐の詩』がついに映画化。母の顔は知らず、父は銀行強盗、子どもの頃から苦労を重ねてきた幸江。仕事もせず、気に入らないことがあるとちゃぶ台をひっくり返す内縁の夫、イサオと暮らしている。そんな中、運命を急展開させる出来事が…。

2009年4月24日 [まんがライフオリジナル, 施川ユウキ映画コラム]

施川ユウキ先生映画コラム「全ての映画は、ながしかく」バックナンバー公開スタートします!

まんがライフオリジナルで連載中の施川ユウキ先生映画コラム「全ての映画は、ながしかく」を毎週木曜日に第1回から掲載開始します!
メジャーな映画からマニアックな映画を、思わず噴出す1コマコメントと施川ユウキ先生の独特な世界観で綴るコラムは必読です!!どうぞお楽しみに!

2009年1月28日 [まんがくらぶ, まんがくらぶオリジナル, まんがライフ, まんがライフオリジナル, まんがライフMOMO, すくすくパラダイスぷらす・増刊号・その他, オリジナル4コマ, 施川ユウキ映画コラム]

竹書房ねこ4コマコミックス大集合!にゃんにゃんにゃんフェア2009開催!

竹書房ねこ4コマコミックス大集合!にゃんにゃんにゃんフェア2009

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