施川ユウキ映画コラムー全ての映画は、ながしかく

2021年4月1日 [施川ユウキ映画コラム]

施川ユウキ映画コラム「全ての映画は、ながしかく」
第5回 キャプテンEO

第5回「キャプテンEO」

小学校の修学旅行で行ったディズニーランドの帰り、バス車内で同級生に話しかけられた。「『キャプテンEO』観れんかった奴は人生損してるよ」小学生が人生の何を知っているというのか。『キャプテンEO』は、ランド内にあったマイケル・ジャクソン主演の立体映画アトラクションだ。いかにショーが素晴らしかったのか語る彼の目の輝きは、本物だった。僕は観ていないし、マイケルについても当時はよく知らなかった。知らないがゆえに、とんでもない物を見逃してしまったような悔しさを感じ、小学校卒業後もしばらく後を引いていた。話しかけてきた同級生が誰だったのか、今はもう覚えていない。
翌年の夏、メガドライブ用ゲームソフト『マイケル・ジャクソンズ・ムーンウォーカー』を、僕は発売日に買った。『キャプテンEO』を観られなかった空白を、別媒体のマイケルで埋めようとしたのだ。白スーツ姿のマイケルが子供を助けながら敵を倒していくアクションゲームで、キャラの動作がいちいち絵になっていた。ドット絵で見せるダンスもやたらカッコいい。ポォとかアォとか言いながら一回転してドアを開け、片手で帽子を押さえジャンプする。ムーンウォークも自由自在だ。こんな惚れ惚れするような動きを見せるゲームキャラは初めてだった。最終ステージ、マイケルは宇宙船に変身して宇宙へ飛び立つ。ゲーム画面ではわかりづらいが、乗り込むのではなく、乗り物そのものになる。クリア後、エンディングで披露されるダンスが超絶技巧で、印象的だった。ゲームとしては高難易度だったが、ダンス見たさに何度もプレイした。そしてマイケルが宇宙船になるたび、「どうして?」と思った。ゲームをきっかけに、マイケルのCDを買い揃えた。ゲーム中流れていたBGMが最高の形にアレンジされ、神がかり的なボーカルが乗せられていた。超名曲ばかりだ。CDラジカセで毎日聴きまくり、テレビにマイケルが出ると必ずチェックするようになった。実写化されたマイケルは、非現実的なオーラをまとって見えた。
大人になると、熱狂はだいぶ落ち着いた。ネットを始めて最初に見たのがマイケルの公式サイトで、久しぶりにファンであることを思い出したくらいだ。サイト内では代表的なMVがいくつか公開されていた。『スムース・クリミナル』の白スーツ姿は、ドット絵のマイケルを思い起こさずにはいられない。
2009年6月、突然マイケルが亡くなった。早すぎる死は世界中にショックを与え、その年のうちに映画『マイケル・ジャクソン THIS IS IT』が公開された。ロンドン公演のリハ映像を基にしたドキュメンタリー作品だ。僕は、近所のシネコンで初日に観た。翌日もう一度観た。2~3年後、引っ越しを機にホームシアターセットを導入し、最初に観たのが『THIS IS IT』だった。次に観たのも『THIS IS IT』だ。マイケルがこの世界から失われたことを確認するように、繰り返し観ている。そして観るたび、「どうして?」と思う。マイケルの死は宇宙船に変身するくらい不条理だ。
死をきっかけに、ディズニーランドで『キャプテンEO』が復活し、修学旅行で思い残していたことが皮肉にも叶えられた。「観れんかった奴は人生損してるよ」顔も覚えていない同級生のセリフを思い出す。損得関係なく、自分の人生の一部にはマイケルがいる。僕は人生について少しだけ知っている年齢になっていた。

2021年3月1日 [施川ユウキ映画コラム]

施川ユウキ映画コラム「全ての映画は、ながしかく」
第4回 トータル・リコール

第4回「トータル・リコール」

子供の頃、近所に行きつけの小さな書店があって、無愛想な店主が常にレジ奥で本を読んでいた。他に店員はおらず、店内の様子に目を向けられることはほとんどなかった。長時間立ち読みしていても許される心地いい店だ。中一の冬のある日、僕はいつものように買わない客として来店していた。目的は、公開中だった『トータル・リコール』のノベライズ作品。フィリップ・K・ディックの原作小説ではなく、映画のシナリオを別の作家が長編化したものだ。当時の自分はディックすらまだ知らなかった。知っているのは、テレビで連日流されていた『トータル・リコール』のCМ映像だけだ。中年女性の顔がパカッと割れて、中からシュワルツェネッガーが出てくる。鮮烈なカットの虜になったが、簡単に映画館へ行ける環境に僕はいなかった。本編が観られないならせめてノベライズを読みたい。目当ての本を手に取り、ページをめくる。いまいち集中できない。立ち読みの息抜きに別の本を立ち読みしようと、入り口横の雑誌棚を物色する。目に入ったのは、未成年は読むことが許されないエロ漫画雑誌『ペンギンクラブ』だった。店に客は自分しかいない。今なら誰にもバレないだろう。入り口から人が来ないか警戒しつつ、注意深く読み始める。知り合いに見られたら一巻の終わりだ。その頃の僕は、書店で人目を盗み数ページだけエロ雑誌に目を通す行為を常習していたのだけど、今日だったら一冊分いける気がした。心臓をバクバクさせながら三分の一ほど読み進めたところで、後ろから誰かに頭を小突かれた。全身が凍りつく。振り返ると中年男性がいた。店主だった。何が起こったのかわからなかった。僕は、目の前の咎める目つきをした大人と、いつもレジ奥で読書している店主が同一人物であることを、すんなり認識できなかった。あまりにも印象が違う。ニセモノみたいな顔だった。そんなわけがないのに、被り物をした自分の父親かもしれないと、一瞬思った。小突き方がまったく同じだったからだ。「すみません」と震える声で謝罪し、そのまま家まで走って帰る。もうあの店には行けないし、今日のことは誰にも言えない。恥ずかしくてたまらなかった。
それから数日後、珍しく家族で映画を観に行った。『トータル・リコール』だ。冒頭、濃厚なベッドシーンから始まる。何らかの罰を受けている気分になった。現実が崩壊していくような不思議な物語だ。中年女性の顔が割れてシュワルツェネッガーが出てくる例の場面がスクリーンに映される。僕はあの時の店主の顔を思い出していた。隣りを見ると、父親が笑っていた。

2021年2月1日 [施川ユウキ映画コラム]

施川ユウキ映画コラム「全ての映画は、ながしかく」
第3回 耳をすませば

第3回「耳をすませば」

高三の夏休み、喫茶店でバイトをしていた。デザート&ドリンク専用の小さな厨房で、皿を洗ったりアイスピックで氷を砕いたりと、マスターの手伝いが主な仕事内容だった。バイト初日、休憩中特にすることがなくテーブルにあった新聞を読んでいると、同じく休憩中だったウェイトレスがセブンスターに火をつけながら話しかけてくれた。「タバコ吸わないの?」異性に免疫のない真面目な工業高校生の僕に、いきなり「タバコ吸わないの?」である。おそらく彼女も未成年だ。動揺を隠しつつ答える。「あっ、いえ」「何読んでるの?」「日本経済新聞です」「へーすごいね」会話は終わったが、僕は知的で寡黙な印象を与えることに成功したと思った。しかし帰り道には「日経新聞と略さなかったの、めちゃくちゃダサいのでは」と自転車を漕ぎながら後悔していた。どっちだろうが総じてダサい。初日以降、バイトを辞めるまで彼女から話しかけられることは一度もなかったし、僕から話しかけることもなかった。喫茶店の営業中、フロアにはウェイトレスの女性が常時二人いる。マスターと彼女たちが仲良く雑談している後ろで、僕は黙々と食器を洗っていた。店は市街地の地下あり、外に出ると真夏の青空と、ビルの上に当時公開中だった『耳をすませば』の看板広告が見える。キャッチコピーは「好きなひとが、できました。」中三の男女がピュアな恋愛をする、今で言うリア充映画だ。主人公たちは、よりによって三つも年下である。自分とのギャップを見せつけられツラい気持ちになりつつも、その看板から目が離せなかった。現実から目を背けてはいけないという謎の強迫観念があったのだ。アニメ映画『耳をすませば』のどこが現実なのかはよくわからない。とにかく僕の高三の夏休みの思い出は、地上へ上がった時のまばゆい青空と、更にまばゆい看板広告に集約されている。
『耳をすませば』は何度かテレビ放映された。大人になってから観ても、やはり心をざわつかせる内容だったし、そのざわつきこそが作品の魅力だった。手に入れられなかった青春の象徴だ。その後DVDを購入し、何十回と繰り返し観ている。反復しすぎた結果、心のバリが取れたというか、良くも悪くもざわつきはなくなっている。今では主人公である月島雫に全身全霊で感情移入して観ることができる。僕は女子中学生として、男子中学生である天沢聖司に恋をするのだ。そして天沢が雫にプロポーズするラストで、私(月島雫)は思う。今がこの恋のピークなのだと。彼がイタリアで修行しているあいだに、少しづつ気持ちは落ち着いてしまうだろう。この瞬間を超えるときめきは訪れない。初恋とはそういうものだ。遠距離で今の関係を維持し続けるには、お互いの粘り強い努力がいる。そんな自信、私(月島雫)にはない。……切ない映画である。ある意味僕は、女子中学生として恋も葛藤も経験してしまった。飽きるほどに。でもそれは本物ではない。だからまた再生ボタンを押すのだろう。何が言いたいのかというと、僕の暗い青春時代の話はもはやどうでもいいということだ。

2021年1月1日 [施川ユウキ映画コラム]

施川ユウキ映画コラム「全ての映画は、ながしかく」
第2回 ランボー

第2回「ランボー」

小学二年生の時、同級生のS君の家にビデオデッキがあると聞いて、放課後友人たち数人と遊びに行った。当時家庭用ビデオデッキはまだ珍しい。通されたのはS君の父親の部屋だった。共働きで両親は不在。事務机の上に10インチくらいの小さなブラウン管テレビとβのビデオデッキがあった。中にはすでにテープが入っている。『ランボー』だ。S君が再生ボタンを押すと映画が始まり、さみしげに田舎町を歩くスタローンが画面に映った。一同大興奮。家で自由に映画が観られるなんて。こんなこともできるんだぜ。S君が、一時停止や早送りや巻き戻しをして得意げな顔をする。そして停止ボタンを押すと、じゃ外に行ってサッカーしようぜ、とすみやかに上映会を終了させた。一本丸々観られると思っていた僕はショックを隠せなかったが、周りはビデオの機能をひと通り見られて満足した様子だった。十一月の寒い日に、わざわざ外で遊びたくない。S君に、僕だけ続きを観ていてもいいかと訊くと、あっさりOKしてもらえて、自分ひとり部屋に残ることになった。S君の父親の部屋は二階にあり、そこは四畳程度の薄暗い物置のような場所だった。誰もいなくなると急に心細くなった。映画の続きを再生する。窓の外から聞こえてくる、ボールを蹴る音や友人たちの遊ぶ声。知らない部屋で、僕だけみんなと違う非常識な行動をとっている。モヤモヤとした後ろめたい気持ちだ。なんだか居心地が悪く、早めに切り上げてみんなと合流しようと思った。ブラウン管の中では、ランボーが橋の上を歩きながら白い息を吐いている。彼の頭上の空はどんよりとしていて、部屋の窓から見える景色と同じ色をしていた。ランボーはひとりぼっちだった。何もしていないのに保安官に捕まり、裸にされ、消火ホースからの放水で乱暴に体を洗われていた。それから剃刀で無理やり髭を剃られそうになり、戦争で拷問を受けた記憶がフラッシュバックする。ショッキングな映像だ。僕は特殊メイクを知らず、本当にナイフで胸を切りつけられていると思った。バイクを奪って山に逃げるランボー。いつのまにか夢中になって観ていた。ランボーは筋肉ムキムキで最強戦士なのに、ずっとかわいそうに見えた。彼の悲しみは僕だけが知っている。僕だけが理解できる。だから心に刻み込まなくてはいけない。それは僕にしかできなくて、そうしないと彼はもっとかわいそうになってしまう。使命感のような感情。外でみんなと遊ぶよりも大事なことをしていると思えた気がつくと窓の外が暗い。やがてS君たちが戻ってきた。感想は誰にも言わない。帰り道、田舎町を歩くランボーのさみしげな姿と自分を重ねていた。吐く息が白かった。その日僕は、生まれて初めてひとりで映画と向き合った。

2021年1月1日 [施川ユウキ映画コラム]

施川ユウキ映画コラム「全ての映画は、ながしかく」
第1回 酔拳2

第1回「酔拳2」

コロナの影響で公開される映画が減っている中、この連載も大きく内容を変えることにした。とりあえず今回は、新作紹介をやめて映画にまつわる思い出話をエッセイ的に書いていこうと思う。映画の話ではなく、主に僕自身の話だ。
高校二年の大晦日、同級生の友人二人と一緒に映画『酔拳2』を観に行った。教室では仲良かったけど、学校外で三人が会うのは初めてだったかもしれない。時間をちゃんと調べてなかったせいで、最終上映の回には間に合わなかった。僕らは映画を諦め、ゲーセンをハシゴしたり街をぶらついたりして夜を過ごした。ダラダラ遊んでるうちに、気がつくと最終バスが終わっている。不思議と誰も帰ろうと言わない。なんとなく駅へ向かい、そのままコンコースのベンチで夜を明かす流れになった。そんな風に外泊を決めるなんて初めてだったし、駅に泊まるのも初めてだった。ドキドキしていた。コンコースには僕ら以外誰もいない。缶コーヒーで暖まりながら、キン肉マンの技がどうとかどうでもいい話で盛り上がる。いつものくだらない会話が、なぜだか重要なやり取りのように思えた。「海岸で発見された赤ん坊の死体が消えてなくなってしまった」という、朝に見た地元ニュースの話題から、消えた死体を探しに海岸へ行く流れになった。本当は初日の出を見に海へ行くだけなのだが、そんなベタな行動が恥ずかしくて、言い訳として死体のニュースを利用したのだ。駅を出たのは午前四時ごろだった。スタンドバイミーを口ずさみながら、真っ暗な道を延々と歩く。遠くに除夜の鐘が聞こえた。死体のことはすぐに忘れていた。海が近づき、まばらに人が増えてくる。目的地の中田島海岸は、鳥取砂丘に次ぐ広さの砂浜を持っている。砂丘を登ると、黒い水平線が目に入る。風が強く冷たい。僕らはご来光を待った。やがて現れた朝日は、眩しく美しかった。僕は、漫画なんてロクに描いたこともないのに、将来漫画家になるとひそかに決意した。二人には言わなかった。漫画なんてロクに描いたこともないからだ。海岸から戻る途中、振り返ると砂丘の稜線に無数の黒い人影が並んでいるのが見えた。自分たちと同じく海岸から戻る人の群れだ。ゴオゴオ鳴る風の中、何百もの人影がゆっくりと同じ方向に進んでいく。文明を失った人類が砂漠をさまよっているようだった。それからバスで駅に戻り、マクドナルドで時間をつぶした。言葉にこそ出さないが、特別な夜だったことを確認し合うような眼を、お互いがしていた。そんな気がした。映画館が開く時刻になり、僕らは最前列で『酔拳2』を観た。
それは、ジャッキー・チェンの最高傑作だった。

2011年12月19日 [まんがライフオリジナル, 施川ユウキ映画コラム]

施川ユウキ先生 「12月生まれの少年」第?巻、    大好評発売中!!

施川ユウキ先生の最新単行本「12月生まれの少年」第?巻、
ただいま大好評発売中です!! 
(偶然にも、タイトルにもある12月に発売することができました) 

第1巻・第2巻と合わせて読めば、施川先生の4コマの奥深さを
改めて実感できてしまいます。

そして、COMIC ZINさんでお買い上げの方には、
特典として描き下ろしイラストカードをもれなくプレゼント。

数に限りがありますので、お早めにお買い求めくださ?い!!

2009年4月24日 [まんがライフオリジナル, 施川ユウキ映画コラム]

施川ユウキ先生映画コラム「全ての映画は、ながしかく」バックナンバー公開スタートします!

まんがライフオリジナルで連載中の施川ユウキ先生映画コラム「全ての映画は、ながしかく」を毎週木曜日に第1回から掲載開始します!
メジャーな映画からマニアックな映画を、思わず噴出す1コマコメントと施川ユウキ先生の独特な世界観で綴るコラムは必読です!!どうぞお楽しみに!

2009年1月28日 [まんがくらぶオリジナル, まんがライフ, まんがライフオリジナル, オリジナル4コマ, 施川ユウキ映画コラム]

竹書房ねこ4コマコミックス大集合!にゃんにゃんにゃんフェア2009開催!

竹書房ねこ4コマコミックス大集合!にゃんにゃんにゃんフェア2009

竹書房ねこ4コマコミックスが大集合する毎年恒例の「にゃんにゃんにゃんフェア」が今年も開催されました!!
フェア参加店で対象コミックス(ポヨポヨ観察日記/クロジとマーブル/そんな毎日(第2巻)/動物のおしゃべり/カボチャの冒険/けものとチャット/ちびとぼく)を購入してアメショー柄特製携帯クリーナーをもらっちゃおう!
樹るう先生・富永ゆかり先生のサイン会も開催されるのでお見逃しなく!!

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にゃんにゃんにゃんフェア2009

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